キリスト教史年表(U)

                  作成者:川上純平(2005年9月〜10月)

紀元1014年

デンマーク王クヌード2世がキリスト教を国教とする。

   1033年頃

アンセルムス生まれる。

1054年

東西教会の最終的分裂(相互破門)

   1066年

ノルマン人がイギリスを征服。

   1077年

 

 

神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が教皇グレゴリウス7世に対して聖職者の任命に関して教会の権威に服従し、許しを乞うた「カノッサの屈辱(カノッサ事件)」が起こる。

   11世紀末

スコラ哲学(スコラ学)が盛んになる。

1090年頃

ボローニャ大学の基礎ができる。

1092年

 

トルコ人によるニカイア占領:東ローマ皇帝アレクシス1世が教皇ウルバヌス2世に援助を求め、十字軍を結成。

1093年

アンセルムスがカンタベリー大主教となる(〜1109年)

1096年

第1回十字軍(〜1099年)

1098年

 

フランスにシトー修道会(ベネディクトゥス派の改革修道会)が設立される。

1099年

十字軍がエルサレムを占領し、エルサレム王国を建設。

  1115年

 

クレルヴォー修道院が創建される。初代院長にベネディクトゥス会修道院長のベルナルドゥスがなる。

  1123年

第1ラテラノ総会議(西方の認める第9回世界教会総会議)

    1123年頃

フランスの初期スコラ神学者ペトルス・アベラルドゥスが『然りと否』を執筆。

  12世紀中頃

フランク王国でゴシック建築が盛んになる。

1139年

第2ラテラノ総会議(西方の認める第10回世界教会総会議)

1140年頃

南フランクにカタリ派(別名アルビ派が起こる。

  1143年

ポルトガル王国成立

   1147年

第2回十字軍

1148/50年

 

ロンバルドゥス『命題集』(教会によって公認された中世神学教育の公の教義学教科書)を執筆。

   1158年

ボローニャ大学認可される。

   1160年頃

ノートル・ダム楽派が起こる(〜1210年頃)

1163年

パリのノートル・ダム大聖堂(パリ大聖堂)着工

   1170年頃

オックスフォード大学創立。

   1177年

ワルドー派(二元論的異端とされた民衆宗教運動団体)が結成される。

   1179年

第3ラテラノ総会議(西方公認第11回世界教会総会議)

1180年

 

パリ大学公認される。

フランス王フィリップ2世即位。

 1181/2年

アッシジのフランチェスコ生まれる。

   1187年

サラディンがエルサレムを占領(エルサレム王国滅亡)

   1189年

第3回十字軍(〜1192年)

   1198年

教皇インノケンティウス3世即位(〜1216年)

   1199年

ドイツ騎士団が騎士修道会に発展し、公認される。

1200年頃

モテトゥスの成立

1204年

第4回十字軍(〜1204年)

1206/7年

フランチェスコの回心

  1209年   

ケンブリッジ大学創立

1211年

ランス大聖堂着工。

1212年

少年十字軍:多数の少年が奴隷とされてしまう。

1215年

 

第4ラテラノ総会議(西方公認第12回世界教会総会議):化体説が教義に入れられる。

1216年

ドミニコ修道会認可される。

1217年

第5回十字軍(〜1221年)

1220年

アミアン大聖堂着工

1223年

フランシスコ会修道会認可される。

1226年

フランス王ルイ9世即位(〜1270年)

1228年

第6回十字軍(〜1229年)

1245年

 

 

第1リヨン総会議(西方公認第13回世界教会総会議)

アルベルトゥス・マグヌス(スコラ学者)がドミニコ会教師となり、パリ。ケルンで教える。

  1248年

 

第7回十字軍(〜1254年)

ケルン大聖堂着工

  1250年

シエナ大聖堂着工

  1257年

パリ大学に神学院設立

1265/6年

ドゥンス・スコトゥス生まれる。

  1265年

トマス・アクィナスが『神学大全』を執筆(〜1273年)

  1270年

第8回十字軍

  1274年

 

第2リヨン総会議(西方公認第14回世界教会総会議):東西教会が合同する。

1291年

アクル(アコ)陥落。十字軍終結。エルサレム王国滅亡。

  1294年

フランシスコ会のモンテコルビーノが元の首都大都(北京)に到着。

1296年

フィレンツェ大聖堂着工

1298年

バルセロナ大聖堂着工

1299年

オスマン・トルコ帝国建国。

  1300年頃

アルス・ノーヴァが起こる。

1303年

ローマ大学創立。北京にカトリック大司教座を設置。

  1309年

教皇庁がアヴィニョンに移される。教皇のバビロニア捕囚はじまる(〜1377年)。

1311年

ヴィエンヌ総会議(西方公認第15回世界教会総会議)

  1314年頃

ルネサンス第1期 この頃、ダンテの『神曲』が完成。

  1327年

哲学的神秘主義者マイスター・エックハルト没

  1339年

イギリスとフランスの百年戦争

  1347年

 

ウィリアム・オッカム没

ヨーロッパにペスト大流行(〜1351年)

  1350年

「神の友」運動(神秘的信仰体験を重視する運動の一つ)起こる。

1360年

  

ウィーン大学創立。

ギョーム・ド・マショーが現存最古の通作ミサ曲を作曲。

1375年

文学者ボッカチオ没

  1378年 

大シスマ(教皇同士の対立による教会の二大分裂)始まる(〜1417年)。

1382年

ジョン・ウィクリフが『英訳聖書』を完成させる。

1386年

ハイデルベルク大学創立。

ミラノ大聖堂着工。

1392年

エルフルト大学創立

  15世紀以降

イングランドで2声のキャロル歌われる。

1400年頃

  

ドイツ神秘主義の著作物『テオロギア・ゲルマニカ』が書かれる。ルネサンス第2期

1414年

コンスタンツ総会議(西方公認第16回世界教会総会議 〜1418年)

  1415年

 

 

 

  

総会議が「パン」だけの聖餐を採択。ローマ・カトリック教会を批判したボヘミア(現在のチェコスロバキア)の改革者ヨハネス・フス(ヤン・フス)を火刑にし、宗教改革の先駆者ジョン・ウィクリフを死後裁判で異端と宣告する。

フィレンツェ・ルネサンスが起こる。

1419年

 

フスの火刑に対してボヘミアの民衆が怒り、フス戦争が起こる。(〜1434年)

  1430年

グーテンベルク活版印刷術発明。

1431年

  

ジャンヌ・ダルク火刑に処せられる。

バーゼル総会議開かれる(〜1449年)。

  1438年

 

フェララ・フィレンツェ総会議が開かれ(〜1439年)、東西教会の合同宣言が行われる。

  1449年

ルネサンス第3期

15世紀中頃以降

フランドル楽派が活動。

1453年

トルコ軍によりコンスタンティノポリス陥落、東ローマ帝国滅亡。

  1457年

フス派がボヘミア兄弟団(後のモラヴィア兄弟団)を結成。

  1460年

フライブルク大学創立。

1464年

哲学者でバーゼル総会議の理論的指導者の一人ニコラウス・クザヌス没。

1471年

ドイツの思想家トマス・ア・ケンピス没。

1472/3年

レオナルド・ダ・ヴィンチが『受胎告知』を完成させる。

1479年

イスパニア王国(現在のスペイン)生まれる。

1483年

 

ドイツの宗教改革者マルティン・ルターがアイスレーベンに生まれる(11月10日)。

1484年

 

スイス・チューリッヒの宗教改革者フリードリッヒ・ツヴィングリが生まれる(1月1日)。

1491年

イエズス会創立者イグナティウス・デ・ロヨラが生まれる。

1492年

コロンブスがアメリカを発見。

1497年

 

ドイツの宗教改革者フィリップ・メランヒトンが生まれる。

レオナルド・ダ・ヴィンチが『最後の晩餐』を完成させる。

  1498年

イタリアの教会改革者サヴォナローラ火刑に処せられる。

ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路を発見。

ミケランジェロ『サン・ピエトロのピエタ』作成(〜1500年)。

16世紀

ポリフォニー受難曲が作曲される。

パロディー・ミサ曲の発展

16世紀以降

 

英国教会でアンセム(礼拝の最初や最後に付加的に歌われるもの)・サーヴィス(聖餐式等の典礼曲)成立。

1508年

ミケランジェロがシスティナ礼拝堂壁画制作(〜1512年)

1509年  

 

 

スイス・ジュネーヴの宗教改革者ジャン・カルヴァンが生まれる(7月10日)。

イングランド王としてヘンリー8世が即位(〜1547年)

1512年

グリューネヴァルト『イーゼンハイムの祭壇画』作成(〜1515年)

1513年

 

 

ルター、ヴィッテンベルク大学で第1回詩編講義を行なう(〜1515年)。この頃に宗教改革者となる体験、「キリストに対する信仰のみによって義とされる」という「神の義の発見」をしたと言われている。

1516年  

オランダの人文主義者エラスムスがギリシア語新約聖書を印刷出版する。

1517年

ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に95箇条の提題を掲げ、ドイツの宗教改革が始まる(10月31日)。

1518年

 

 

ツヴィングリ、チューリッヒ大司教座教会付き牧師となる。

ルター、カトリック教会から異端審問を受け、そのハイデルベルク討論で自らの神学を「十字架の神学」と呼ぶ。

  1520年

 

ルター、カトリック教会から異端として破門の威嚇を受けるが、『キリスト者の自由』を始めとする宗教改革三大文書を発表。

1521年

 

 

ヴォルムスの国会でルターの破門が神聖ローマ帝国によって政治的に承認され、ルターは領主フリードリッヒ賢公の計らいでヴァルトブルク城に保護される。

メランヒトンがプロテスタント教会最初の教義学書『ロキ・コンムネス』を執筆。カール・シュタットがヴィッテンベルクで修道院の解散、ミサ改革を行なう。

1522年

  

 

ルター、ドイツ語新約聖書出版。

トーマス・ミュンツァーの一派がヴィッテンベルクで礼拝堂の画像を破壊し騒乱となるが、ルターの説教で治まる。

1523年

ツヴィングリがチューリッヒの宗教改革を行なう。

再洗礼派の誕生。

フランスで改革運動起こる。

1524年

ドイツ農民戦争(〜1525年)。

エラスムスが『自由意志論』執筆。

イタリア・ルネサンス最盛期。

1525年

 

 

スイス・バーゼルで改革運動。

ルターがエラスムスの『自由意志論』に対して、『奴隷意志論』を執筆し、反論。

この頃、イタリアで作曲家ジョヴァンニ・ピエールルイジ・ド・パレストリーナ生まれる。

1527年

デンマーク国会、スウェーデン国会がルター主義改革を決定。

1528年

スイス・ベルン市改革を決議。

1529年

 

 

ルターとツヴィングリらのマールブルク会談が行なわれる。

シュパイエルの国会で新教諸侯たちが皇帝の命に反し「抗議した宣言(プロテスタンティオー)」を発表。「プロテスタント(新教徒)」という名称が生まれる。

1530年

 

アウクスブルクの国会で、主としてメランヒトンが起草しルターが承認したルター派教会の信仰告白である『アウクスブルク信仰告白』が提出される。

ヴェネツィア楽派、複合唱様式の発展。

1531年

ローマ・カトリック軍がチューリッヒを攻撃し、ツヴィングリが戦死。

1533年

カルヴァンが宗教改革者として回心する。

1534年

 

 

 

熱狂的再洗礼派による「ミュンスター事件」起こる。(〜1535年)

イギリス国会が『首長令』を発布し、イギリス国王を「英国国教会のこの世における至上の頭」とすることにより、英国国教会はローマ教会から分離。

1536年

 

 

 

 

 

カルヴァン、プロテスタント神学最初の組織的神学書『キリスト教綱要』出版。

無抵抗主義的平和主義を主張したメノー派(メノナイト)の祖メノー・シモンズがオランダの再洗礼派(アナバプティスト)の指導者となる。

ミケランジェロがシスティナ礼拝堂壁画『最後の審判』制作(〜1541年)

1539年

カルヴァンたちが『ジュネーヴ詩編歌集』を作成(〜1562年)

1540年

イエズス会認可。

1541年

カルヴァン、ジュネーヴで宗教改革を行なう。

1542年

カルヴァンが子供のための信仰問答書『ジュネーヴ教会信仰問答』を執筆。

1545年

トレント公会議(〜1563年)

1546年

ルター没。

1547年

ロシア帝国成立。

1549年

 

フランシスコ・ザビエル鹿児島に渡来。

ツヴィングリの後継者ヨハン・ハインリッヒ・ブリンガーとカルヴァンとの間で聖餐論に関して一致した『チューリッヒ一致信条』が作成される。

16世紀中頃以降

ローマ楽派の登場(〜17世紀前半)。

1554年

イギリスで女王メアリー1世プロテスタントを弾圧。

1555年

 

アウクスブルク講和条約でルター派がカトリックと同等の権利を認められる。

1558年

イギリスで女王エリザベス即位。

1560年

 

ジョン・ノックスによってスコットランドで宗教改革が行なわれ、長老派(スコットランドのカルヴァン派)が国教となる。

1562年

 

フランスでユグノー戦争始まる(〜1598年)これは、ユグノー(フランスのカルヴァン派)とカトリック教会が対立したもの。

1563年

 

 

カルヴァン没。ドイツ改革派(ドイツのカルヴァン派)教会の信仰問答である『ハイデルベルク信仰問答』が作成される。

英国国教会の教義的立場を明らかにした『三十九箇条』成立。

1564年

高山右近らが受洗。

1566年

 

オランダ独立戦争。

多くの改革派教会に受け入れられた神学論文的な『第2スイス信条』がブリンガーによって作成される。

1567年

 

イギリスで女王の宗教改革に対してカルヴァン派的な宗教改革を主張する「ピューリタン(清教徒)」と呼ばれる人々が現れる。

1576年

マカオ、中国伝道の中心地になる。

1579年

 

オランダ、カルヴァン主義を国教とする。

日本にオルガンが輸入される。

一致信条書(ルター派正統主義の根底)成立。

1580年

 

会衆派教会(組合教会)の祖であるイギリスのロバート・ブラウンが、契約を基礎とし、各個教会の自治、英国教会からの独立を掲げた「分離派会衆主義」を主張。

1581年

オランダ共和国が独立宣言。

1582年

 

日本から天正少年遺欧使節がローマに出発(〜1590年)

エディンバラ大学創立

1587年

豊臣秀吉による「宣教師(バテレン)追放令」。

1590年

サン・ピエトロ大聖堂ドームが完成。

1592年

日本でキリシタンの信仰問答書『ドチリナ・キリシタン』が作成される。

1594年

キリシタン大名である小西行長が朝鮮半島の釜山に上陸し、その際にイエズス会士グレゴリオ・デ・セスペデスが宣教師として最初に朝鮮半島に入る。

1596年

フランスの哲学者ルネ・デカルト生まれる。

1598年

長崎でフランシスコ会士26聖人が処刑される。フランスで「ナントの勅令」によってユグノーが信仰の自由を承認される。

16世紀末

日本でキリシタン音楽起こる。

  17世紀前半

前期バロック音楽の時代。

オラトリオの成立

17世紀初頭

コンチェルタート様式が使われる。

1603年

イギリスで千人のピューリタン聖職者たちがカトリック的儀式や戒律からの解放を主張した「ピューリタン(清教徒)の千人請願」を国王ジェームス1世に提出する。

1604年

アルミニウス論争起こる。

1607年

 

イギリスがアメリカにヴァージニア植民地(英国国教会)を建設する。

ドイツのルター派讃美歌作詞者パウル・ゲルハルト生まれる。

1608年

フランスのカトリック教会がカナダに宣教に赴く。

1609年

分離派のジョン・スミスがオランダにてバプテスト教会創立

1610年

フランダース人画家ペーテル・パウル・ルーベンス『キリスト昇架』『キリスト降架』を描く(〜1614年)

17世紀前半以降

北ドイツ・オルガン楽派が現れる。

1611年

イギリスで欽定訳聖書(英語による最初の統一訳聖書で、アメリカでKing James Versionと呼ばれる聖書)完成。

1612年

徳川家康によるキリシタン禁教令、江戸幕府によるキリシタン迫害が始まる。

1616年

ガリレオ・ガイレイに対する裁判始まる。

1618年

ドルト信条制定

ドイツで三十年戦争起こる。

1619年

デカルトが『我思う、ゆえに我あり』の認識に至る。

1620年

 

 

ピルグリム・ファーザーズがメイフラワー号でアメリカ大陸へ渡り、プリマス植民地を建設する。

ユグノーの反乱

1623年

ブレーゼ・パスカル生まれる。

1626年

イギリスの哲学者フランシス・ベーコン没。

1628年

 

イギリスで国王チャールズ1世の強圧的国教会政策と強制課税に対して議会は「権利の請願」を提出。

1628年

 

 

日本でキリシタン弾圧のための踏絵が開始される。

ニューアムステルダムにアメリカ最初のオランダ改革派教会が設立される。

1629年

 

フランスの画家ニコラス・プッサン『聖エラスムスの殉教』

セイラムにアメリカ最初の会衆派教会が設立される。

1630年

 

ピューリタンによるマサチューセッツ植民地開発

徳川家光によるキリシタン禁書令

1630/40年頃

ロングアイランドにアメリカ最初の長老派教会が設立される。

1636年

 

ロードアイランドにプロヴィデンス植民地(バプテスト派)が建設される。

会衆派教会牧師であったジョン・ハーヴァードの多大な寄付によりハーヴァード大学設立。

1637年

 

 

キリシタン絶滅政策と領主の虐政に対して天草四郎(益田四郎時貞)らによる一揆、島原の乱が起こり、幕府によって三万数千人の農民が殺される(〜1638年)

1638年

ニューヘブン植民地(会衆派)建設。

1640年

 

 

 

オランダの神学者コルネリウス・オットー・ヤンセン(ジャンセニウス)の遺書『アウグスティヌス』が出版され、その恩恵論をめぐって「ヤンセン論争」が起こる。

ルーベンス没。

1641年

日本、鎖国体制完成

1642年

 

 

イギリスで国王と議会の対立は内乱に発展し、ピューリタン(清教徒)革命起こる(〜1649年)。

ヤンセンに異端宣告

1646年

ウェストミンスター信仰告白制定

1648年

 

 

 

 

 

三十年戦争終結し、ウェストファリア条約にて、ドイツ帝国内の改革派が容認される。

アメリカ四植民地の会衆主義教会政治の立場を表明した信仰告白である「ケンブリッジ綱領」が発表される。

オランダの画家ハルメンス・ファン・レイン・レンブラント『エマオの晩餐』

1649年

 

 

 

イギリスでオリバー・クロムウェルによりチャールズ1世が処刑され、ピューリタンを中心とする共和政がしかれる。

イギリスのジョージ・フォックスによって原始キリスト教会の姿を再現しようとしたクエーカー派(キリスト友会、フレンド派)が起こる。

アメリカでメリーランド宗教寛容令公布。

17世紀中頃以降

オラトリオ受難曲が作られる。

1653年

 

オリバー・クロムウェル、ピューリタン的立場による護民官政(〜1660年)

1654年

キリシタン禁令高札

1658年

大村のキリシタン殉教

1660年

チャールズ2世が国王に即位、王政復古し、ピューリタンを圧迫。

1662年

 

パスカル没

英国国教会統一令により、国教会祈祷書の使用が強制される。

1664年

 

 

シトー修道会内にトラピスト会が設立される。

イギリスがオランダの植民地ニューアムステルダムを占領し、ニューヨークと改名。

1667年

ピューリタンであったジョン・ミルトンの『失楽園』発行される。

17世紀後半

ボローニャ楽派が現れる。

1670年

フィリップ・ヤコブ・シュペーナーによる「敬虔の集い」創設、ルター派敬虔主義起こる。

1678年

ピューリタンであったジョン・バニヤンが『天路歴程』執筆。

1681年

ペンシルヴァニア植民地(クェーカー派)の建設。

1682年

ガリカニズム論争

1685年

「ナントの勅令」が廃止され、ユグノーが亡命を余儀なくされる。

ヨハン・セバスチャン・バッハ生まれる。

1687年

ドイツのアウグスト・ヘルマン・フランケがシュペーナーにより回心し、敬虔主義者となる。

1688年

 

イギリス国王ジェームズ2世がカトリックを強制したため、議会は反発、ジェームズはフランスに逃亡し、オランダのウィリアム3世がイギリス国王として迎えられた「名誉革命」が起こる。

1689年

 

イギリスで権利法(権利宣言)により、国民の権利と自由が保障され、宗教寛容法(信教自由令)によって、ピューリタンに対して信仰と礼拝の自由が保障され、国会議員となる資格が与えられる。

1691年

プリマス植民地がマサチューセッツ植民地と合併される。

1692年

 

アメリカ、ニューイングランドのセイラム村で魔女狩りが行なわれ、19人の男女が処刑される。

1694年

ドイツにハレ大学が創立される。

1695年

 

 

イギリスの哲学者ジョン・ロック『キリスト教の合理性』を執筆し、理神論の展開に寄与。

フランケがドイツのハレに孤児院・貧民学校を設立。

 

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