同志社大学神学部大学院神学研究科博士課程前期 組織神学専攻 

1994年度生 306番 川上純平

修士論文「カール・バルトの教会論におけるイエス・キリストの現実存在 −その意義と問題点−」 1995 12・22

 

 

 

 

修士論文梗概

 

 

本論文は、カール・バルトの教会論におけるイエス・キリストの現実存在の意義と問題点について述べたものである。

 今日「教会とは何か」という問いが、キリスト教における多くの問題の中で中心的な主題の一つとなっている。この問いに対する答えをカール・バルト(1886―1968)の教会論から導き出してみたい。彼の教会論から我々が学ぶことは少なくないであろう。

 カール・バルトは激動の時代を生きた現代神学者の一人であり、神学と教会に貢献すると共に、政治的神奉仕を行なった人物として有名であるが、本論文では、他の神学者たちの意見も考慮に入れ、また、バルトの生涯と神学の関係及び彼の神学の一貫性も含めて、彼の教会論について論じる。

 第一章では、バルトの教会論が和解論の中で考察されていること、神の行為とそれに対する人間の主体的行為によって和解が完結し、イエス・キリストにおいて神と和解するという出来事の中でのみ、人間は新しい真の自由なものとして造られ、人間の神への応答が教会を造り出すことにつながることを論じる。

 第二章では、人間の主体的行為を起こすのが聖霊なる神であり、聖霊の働きが教会を造り出すことの前提になることについて論じる。

 第三章では、聖霊によって集められた人間の交わりである教会について、「罪人の交わり」「聖徒の交わり」という言葉を中心にして考察し、教会における人間のあり方と罪、そして、教会の罪に対抗するものが聖霊であること、人間の交わりである教会に関してバルト自身の経験が深く関わっていること等を論じる。

 第四章では、人間の交わりとイエス・キリストとの関係について深く考察するために、教会がイエス・キリストの現実存在であることについて論じ、さらに、「イエス・キリストのからだ」という概念からバルトがイエス・キリストの現実存在である教会について、どのように考えているかを論じる。

 第五章では、バルトの教会論の意義として、教会がイエス・キリストの現実存在であることから、イエス・キリストの主権について、キリスト者の実存と周囲の人間との連帯について論じ、さらにエキュメニカル(超教派的)な要素を意義としてあげる。また、問題点として、聖霊とイエス・キリストとの関係が三位一体論の中で十分に考察されていないこと、聖霊の働きについて詳細に述べていないこと、罪人の交わりに関して不明瞭な点が存在することをあげる。

 そして、結論としてカール・バルトの教会論は彼の生涯と神学との関係によって出来上がったものであり、今後、我々が教会についてさらに考察するよう求めるものであり、同時に、抽象的思弁に終わることなく現実的に把握されるよう求めるものであることをあげる。

 

 

 

 

 

 

目次

 

第一章 和解論の中の教会論

(一)神と人間との和解

(二)和解者イエス・キリスト

第二章 教会の基礎

(一)教会の基礎である聖霊

(二)聖霊の働き

第三章 人間の交わり

(一)集められる人間

(二)人間の交わりである教会

第四章 イエス・キリストの現実存在である教会

(一)イエス・キリストの現実存在

(二)イエス・キリストのからだ

第五章 意義と問題点

(一)意義

(二)問題点

結論

参考文献目録

 

 

 

 

(本論文は、1995年12月に同志社大学神学部に提出され、修士論文として認められたものである。)