日本基督教団正教師試験・神学論文『今日における宣教の課題』

「特に他の諸宗教との関係をめぐって」

 川上  純平 1998年

 

 

 

 

 

 

序論

 

今日の現代社会において、特に、日本における宣教の課題というものは、様々に考えられると思うが、今日、宣教の課題というものの中に他の諸宗教との関係というものも含められなければならないと言えるのではないだろうか。 言うまでもなく、日本には、多くの諸宗教が存在する。それらの諸宗教の中には、様々な、教義があり、また、近年の新興宗教(モルモン教、ものみの塔、幸福の科学、オウム真理教、統一教会等)と言われているものも含めて、他の諸宗教にキリスト教の教義から取られたものが教義として使われているということがあったり、キリスト教と、全く対立する教義を持つ宗教もあったりすることは、確かである。また、キリスト教と文化ということを考えた時、日本の文化の中には、様々な宗教、あるいは、疑似宗教的なものに起源を持つ文化が存在したり、また、習慣や習俗が存在したりする。さらには、多くの日本人の心の中に、アニミズム(原始宗教)があったり、また、神道が、宗教ではなく日本人の民族精神であると言われていたりさえする。1)そのように、他の諸宗教が多く存在する今日の日本において、宣教することは難しいことなのかもしれない。それでは、我々は、このような状況の中で、どのように宣教をしていけばよいのだろうか。このことについて、様々な神学者たちの意見、私個人の経験・考え等を含めて、述べてみたい。

 

 

本論

 

我々クリスチャンは、宣教しなければならない者たちである。マタイによる福音書28章19−20節にも記されているとおり、「行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ」と、我々は、イエス・キリストから託されているのである。我々は、それゆえに、多くの諸宗教が存在する所であっても、宣教を行うものなのである。

  しかし、最近の神学界において、非常に、興味深い発言なされている。それは、「宗教多元主義」と言われる立場である。この立場においては、キリスト教の立場は、絶対的なものとされない。むしろ、キリスト教も含めて、多様な諸宗教が(ちょうど唯一の絶対的真理の周りを回る惑星のように)ひとしく扱われるような体系が求められている。2)それは、キリスト教が世界の宗教で、最も素晴らしいものであり、すべての人が、イエス・キリストを神として、受け入れるのである、というような、近年まで、特に、ヨーロッパにおいて考えられていた考え方に反発する。この「宗教多元主義」という立場を主張する、ジョン・ヒックは「教会の外に救いなし」という立場を「排他主義」であるとして批判している。なぜなら、ヒックの立場では、クリスチャンでない人でも、その人が、信じる宗教で救われるからである。

この、「宗教多元主義」という立場は、また、「包括主義」という考え方とも異なるものである。包括主義という考え方は、次のようなものである。「教会の外に救いなし」という狭い教会中心主義は、イエス・キリストによって宣べ伝えられたものとは異なる。イエス・キリストは、諸国民が神の国の未来にあずかることを望み見ておられたのである。3)ルカによる福音書13:29は、「人々が、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席につくであろう」と語っている。同時に、またマタイによる福音書では、人間は、一人一人すべからく終末の審判に直面しなければならない、とされている。それゆえ、イスラエルの選民やキリスト教会の成員でなかった者でも、実際には多くがイエス・キリストと彼の宣べ伝えた神の国に属している。彼らの永遠の救いにとって決定的なのは、彼らの生き方がイエス・キリストのわざと宣教に適合しているかどうかということである。イエス・キリストは、このような意味であらゆる人々の最終的な評価基準であるが、そのことを知っているのが教会の成員なのである。彼らは、自らの信仰どおりに生きているならば、救いの確信を得ることができる。こういった考え方が、おおよそキリスト教的包括主義の立場である。4)こういった二つの立場が存在する中で、我々が宣教というものを考えた時、イエス・キリストと我々人間との関係が、問題となってくるであろうし、聖書解釈の問題も、出てくるであろうが、次のようなことを言うことが出来るだろう。「イエスにおける神の現臨は、キリスト教徒の経験の問題ではなく、イエス自身の主張であって、そこには終末論的な最終性が含まれている。教会の中で発展した受肉のキリスト論の根本にあるのは、まさにこの主張である。キリスト教の唯一性主張は、キリスト教徒の経験に基づいているのではない。」5)つまり、キリスト教というものは、そもそも、(イエス・キリストに、その起源を持つものとして)イエス・キリストを抜きにして救いはない、と考える宗教なのである。よって、宗教多元主義という(他の諸宗教にも真理があるという)立場は、キリスト教の本質とは、相反するものであり、受け入れられないものなのである。

  また、次のようなことも言えるであろう。つまり、「このようにキリスト教信仰は歴史的過去に基づき、かつ救済の終末論的な未来にかかわるという特性を有している。このことを考えるならば、キリスト教宣教の真理主張はその根幹に位置しており、他の諸宗教との相違は結局のところ真理主張そのものの対立にある」6)と。さらに、ヴォルフハルト・パネンベルクは、「対立する諸真理主張の出会いにおいてこそ、それぞれの宗教伝統は時代の挑戦を受けて自己を再定義することを迫られるのである。それは、一宗教が他宗教に見られる真理要素を自己の信仰の内に取り入れることを意味している。しかしそれは、自己自身の伝統の特定の真理主張を放棄することではない。そのようなことをすれば、その宗教伝統が終わりに至るのを早めるだけであろう。宗教的多元主義の神学を唱道する人々は、しばしばキリスト教の真理主張を相対化したり軽視したりするが、この考え方は破壊的である。」7)「キリスト教徒はキリストにおいて神の約束を与えられているのである。他の宗教伝統ではこの特定の約束は与えられていない。」8)と述べて、彼自身の論文を書き終えている。我々は、キリスト教自身の真理を放棄したりはしない。我々は、終わりの時に全ての人が、裁きの座に置かれ、イエス・キリストを受け入れる者は、救われることを信じ、また、そのことを宣教する者たちなのである。

このことに関して、さらに考察するために、バルト神学との関連で述べてみたい。バルト神学とは、言うまでもなく、20世紀最大の神学者の一人カール・バルト(Karl Barth 1886−1968)の神学である。カール・バルトと言うと、教会に閉じこもって、ただ神学していればいい、とする、神学者であると誤解されがちであるが、実際は、そうではなかったことが、最近の研究で解ってきた。9)バルトは、教会とその神学は、文化・社会の諸問題に喜びをもって真剣に取り組まねばならない、としている。10)しかも、彼は、その時代状況において、国家と社会の問題に極めて、実践的に取り組んだ。我々は、バルトを伝統主義者、教派主義者とする必要はなく、また、奇妙な絶対主義者として片付ける誤解をする必要もないであろう。このことは、例えば、カール・バルトの教会論とも関係する。ここで、バルト研究者である、エバハルト・ブッシュの、カール・バルトの教会論に関する言葉を引用してみたい。それは、次のようなものである。「われわれにとって大切なことは、キリストの現実存在とは、決してやみくもに要請された権威的主張ではないし、いわんや『他の諸宗教』に対する教会の支配の正当性などを意味しているのではなく、むしろ、神の人間性を意味しているのだ、ということをキリスト教側が自らよく理解し、また相手にも理解してもらうことなのである。ここで言われている神の人間性とは、人間の一切の神格化および(まず教会内の)神生産に反論する。またそれは、教会の領域を超出した現実を思わざるをえないほど取り消し難いものであり、それ故にまた人間の『絶対的な神喪失』など考えられないほど確実なものなのである。」11)

  バルト神学を諸宗教との関連で述べる時、誤解されることが、まず、その教会論である。ブッシュ氏も述べている通り、バルトは、決して、その教会論によって『他の諸宗教』に対する教会の支配の正当性などを主張してはいない。また、バルト神学においては、人間が神格化される、ということが批判される。このことを様々な観点から見ながら、宣教の課題の中に他の諸宗教との関係も含められなければならないということを考えてみたい。

まず、教会の教義というものについて考えてみよう。教義について学問的に考察するものを「教義学」というのであるが、バルトによれば、教義学とは「神について語るみずからのことばの内容に関するキリスト教会の学的自己検討である。」12)また、聖書に基づいた宣教と啓示の一致が、ダス・ドグマ(Das Dogma)であり、それを追求してゆくのが教義学である。そして、それは批判と修正とをもって検討されなければならないものである。13)バルトの記した著書“Die Kirchliche Dogmatik(教会教義学)”といえども例外ではありえない。時間を超えて普遍妥当性を要求するような教義学は存在しない。教義学は歴史的教会の業である限り、当然のように限界がある。教会は常に改革されるものなのである。それゆえ、「教会の外に救いなし」という教義の存在を知り、実際は教会の外にも救いはある、と考え(教会というものに外があるのかどうかわからないが)、教義というものと現実にずれを感じる、と言ったとしても、それは何も言ってないのと同じことに近いのである。教義は、時代、神学者によって異なるのである。また、教義学は、他の諸学、例えば、宗教学、哲学の概念を参考にし、使用することもある。14) さらに、また、キリスト教の用語“Dogmaの訳が、教義なのであるから、キリスト教以外の宗教に教義という言葉があっても、それはDogmaとは全く意味の異なるものである。オウム真理教事件があった時、(今でも、そうなのかも知れないが、)「キリスト教もあの新興宗教団体のように迫害されるのではないか」「キリスト教と他の諸宗教とのかかわりについて考えている自分も迫害されるのではないか」という(私自身も全く、そのようなことを思わなかったわけではないが、)思いから、また、ヨーロッパに対する劣等感から、「脱教義」を唱えた人たちがいたが、我々は、脱教義という「教義(考え、思い込み)」に捕らえられ、その教義(考え、思い込み)に反するものを排除、蔑視、抑圧し、優越感を得て、さらには、異教の神に従ったり、自分を神としたり、ある人間を神として崇拝するという危険な行為に行きつき、そのことによって政治的社会的現実から逃避することのないように注意しなければならないであろう。(もっとも、これらのこととは異なる理由から脱教義を唱えた人で、政治的社会的運動に熱心に参加する人もいるということを断っておきたい。)

  次に、バルトの「宗教」というものに対する考え方を中心にして述べてみたい。バルトは宗教否定の神学者として、受けとめられがちであるが、実際は、そうではない。「バルトが諸宗教にも真理の光を認めているような発言をしているのは注目すべきである。そもそもバルトは最初から諸宗教を否定していたとは言えない。『宗教の止揚としての神の啓示』とか、『不信仰としての宗教』ということを言ったが、それはキリスト教から『宗教』を削りとるということであって、宗教そのものを否定することではなかった。『宗教』の止揚とか、『宗教』の削りとり、という発想は、第一次大戦後のヨーロッパの一般的風潮であって、それゆえにティリッヒにも『宗教哲学における宗教概念の克服』という論文があり、これなどもそうしたものの一つである。」15) と佐藤氏は主張する。また、大崎氏は、バルトの『ローマ書』における神学的宗教批判は近代自由主義神学に対する批判であり、16) 「福音の啓示が宗教を破却することによって信仰を可能とする」17) のであり、「神の恩寵の審判の下で、人間と神との真の関わりもまた可能となるのである。」18)とする。つまり、バルトの批判の矛先はキリスト教そのものなのであり、神が自らを示すことの重要性と人間の側から神ならぬ偶像の神に近づくこと、自ら神のようになろうとする人間の罪についてバルトは述べたのである。それゆえバルトの神学的宗教批判は単純な宗教否定と同一視されてはならないのである。19)

  また、エバハルト・ブッシュ氏は、京都の宗教哲学者であり、仏教学者の上田閑照教授と対話した際、上田教授が「我の否定の道」を「十字架の言葉」と同じものとすることにショックを受け、「かりに第一戒の意味とするところが人間によって(またキリスト者によっても)不断に生産され続けている神々から真の神を区別することであるならば、その戒めはこの『道』とどう関わるのか、またそもそも、神が具体的な人間と歴史的に出会い給うということが、この『道』によって考えられているのかどうか、それが私の疑問であった」20) とし、「〈キリスト教と仏教は、たとえ異なる文化的コンテクストにおいてではあれ、同一の事柄を語っているのである〉というテーゼによって何かしら肩透かしをくったような気がした。」21)と言う。しかし、ブッシュ氏はその一方で、諸宗教の対話について日本人はヨーロッパ人が世話を焼こうとすることを拒否するであろう、とし、「幸教授のもとにある、京都のNCC宗教研究所の働きに敬意を覚えている。」22)とする。カール・バルト自身、1963年にスイスのバーゼルで行われた国際見本市において、「キリスト教は宗教ではありません・・・」と主張し、マルクスの宗教批判を承認し、神とは、イエス・キリストを「それに並ぶもののない神の存在の証明とする」ものであると言明し、「宗教的な西欧は存在しても、キリスト教的な西欧は存在せず、ただイエス・キリストと対面した西欧の人々がいたというだけです。・・・いつの日にか、アジアやアフリカにおいて〔真のキリスト教が〕われわれの古きヨーロッパ以上によりよく理解され、よりよく生き抜かれるということがありうるのではないでしょうか。」23)と述べている。このように、バルトの立場においては、諸宗教に対する開かれた目もあるのである。

  さらに、我々は、信教の自由、天皇制の問題について、考えてみたいと思う。これは、今も存在する国家神道、ヤスクニ神社の問題、のことであるが、バルトが、第二次世界大戦の際に取った態度から考えてみても、神道という宗教を日本人の民族精神として認めるわけにはいかないであろう。24) また、キリスト者が、他の諸宗教の人々と一緒に出来ることは、例えば、政治的社会的現実から逃避して他の諸宗教に起源のある日本文化の形態とキリスト教を融合させる(結局、それは天皇を神として賛美し、戦争を正当化し、アジア侵略を行なっていたことに対する認識を失わせやすく、戦争中、日本の教会が行なったことに関して未だに反省していないキリスト者が多いことを考えると、きわめて危険なものである。)のに力を入れることではなく、むしろ、差別と人権との関係で、たとえば、国家神道(天皇教)に根ざしている部落差別に反対し、そのために他の諸宗教の人々と共闘し、真の人間性を回復することであろう。そして、それが、身をもって証しするということであり、そこから、宣教というものに、神の力によってつながっていくことも有り得るのではないだろうか。我々は、他の諸宗教に対する寛容の精神を説きながら、信教の自由は、もちろんのこと人権をも奪う天皇教に従属する、という矛盾した行為を(まさか、行なうことはないとは思うが、)行なうわけにはいかないのである。

  実を言うと、私自身、二年間にわたる牧会伝道生活の中で、政治的社会的現実から逃避して他の諸宗教に起源のある日本文化の形態とキリスト教を融合させようとしている場面に何回も出くわしたし、また、部落差別に反対し、そのために他の諸宗教の人々と共闘する集会に参加してきた。そういった所において、考えさせられたことは、日本には、なお、やはり天皇教に根ざす、多くの差別が存在するゆえ、真の人間性の回復がなされなければならないといことである。そして、もちろん、その際には、イエス・キリストに従うところの謙遜な牧会伝道がなされなければならないのであり、そこから、宣教も始まっていくのであろう。それは、教会に閉じこもっているだけでは、決してできないことである。ところで、バルトは「教会の外に救いなし」という命題を「イエス・キリストの外には救いなし」に訂正しなければならない、と主張する。25) なぜならば、教会の頭であるイエス・キリストは全人類の頭でもあり、教会は自分自身に固執してはならず、教会の相対化がなされなければならないからである。26) バルトの立場では、ここで、キリスト教以外の他の諸宗教者が救われるかどうか、他の諸宗教者がキリスト教の神に対して信仰を持つようになるかどうかは全く別の問題とされて述べられておらず、キリスト者に関してのみ述べられている。バルトは、「教団がイエス・キリストの事柄を主張できるのは、ただ、決定的な無私のあり方においてだけであり、」教会は、「支配ではなくて奉仕、干渉ではなく解放、抑圧ではなく高揚の求められているこの世に対して、」この世を自由に処理してはならない、とする。27) さらに「キリストについてのドグマが真の主なのではなく、使徒たちの言葉において証しせられた方が真の主」28)である、ともしている。このようなバルトの主張や考え方からも、我々が宣教と諸宗教との関係について考えなければならないことは、数多くあると言えるだろう。

 

 

 

結論

 

我々は、イエス・キリストの福音を宣べ伝える者たちである。そのことは、たとえ、異教社会に生きているとしても同じことである。ただ、異教社会に生きる我々は、間違っても、他の諸宗教者にキリスト教が、絶対的に素晴らしい、唯一の宗教であるとして、押しつけることはするべきではない。ただ、謙遜に生き、時には対話を、時には共闘をすることができるだけである。そして、何よりも、キリストに従って、それを行うということが重要であろう。人を蔑視する宗教など、たいていの人たちは、信じないものである。だからといって、キリスト者が、他の諸宗教者を尊敬する必要もない。なぜなら、キリスト者は「二人の主人に仕えることはできない」(マタイ6:24)のであるから。我々は、こういったことも念頭において宣教に従事するものでなければならないのではないだろうか。                                                                        

 

 

 

 

 

 

 

 

 1)小川圭治編、『カール・バルトと現代 ひとつの出会い−E・ブッシュ教授をむかえて』(以下『現代』と略す)、

1990年、21頁。            

 2)ヴォルフハルト・パネンベルク著、森本あんり訳「多元主義と真理主張−宗教の神学の諸問題」『キリスト教は

他宗教をどう考えるかポスト多元主義の宗教と神学』1997年、150頁。

 3)同書、152頁。

 4)同書、153頁。

 5)同書、157頁。

 6)同書、160頁。

 7)同書、161頁。

 8)同書、163頁。

 9)このことについてはBusch,Eberhard,Karl Barths Lebenslauf Nach seinen Briefen und autobiographischen

Texten,以下KBL)1987 参照。邦訳に、小川圭治訳『カール・バルトの生涯  1886−19

68』、1995年(第2版)がある。

10)大崎節郎『恩寵と類比  バルト神学の諸問題』、1992年、39頁以下。;また、KBL,S.184.訳2

42頁参照。

11)『現代』、165頁。

12)Barth,Karl,Die Kirchliche Dogmatik,(以下KDと略す)、T/1,1932,S.1.

13)Ibid.,S.298.

14)佐藤敏夫『キリスト教神学概論』、1994年、17頁。

15)同書、181頁以下。

16)大崎節郎『カール・バルトのローマ書研究』、1987年、158頁。

17)同書、221頁。

18)同書、222頁。

19)同書、214頁。;また、熊澤義宣・野呂芳男編『総説現代神学』、1995年、

      403−408頁参照。

20)『現代』、165頁。

21)同書、166頁。

22)同書、164頁。

23)KBL,S.485.訳670頁。

24)『現代』、169頁。

25 KDW/1,1953,S.769.

26)KBL,S.393.訳538頁。

27)KDW/3,2Haelfte1959,S.950f.ここで述べられている「教団」

   とはある特定の教派のことではなく、“Gemeinde”の訳であり、「教会」を意味する。

28)Barth,Karl,Dogmatik im Grundriss, 1949,S.108.

   

 

              

                   《参考文献》

 

 Barth,Karl,Die Kirchliche Dogmatik.T/1 Muenchen,1932.

 吉永正義訳、『カール・バルト教会教義学 神の言葉T/1』新教出版社.1995年(第1版第1刷)、584頁。

 

 Barth,Karl,Dogmatik im Grundriss, Muenchen,1949

 井上良雄訳、『カール・バルト著作集10 教義学要綱』新教出版社.1989年(第1版第6刷)、1−200頁。

 

 Barth,Karl,Die Kirchliche Dogmatik.W/1 Zuerich,1953.

 井上良雄訳、『カール・バルト教会教義学 和解論T/4』新教出版社.1987年(第1版第3刷)、255頁。

 

 Barth,Karl,Die Kirchliche Dogmatik.W/3,2Haelfte Zuerich,1959.

 井上良雄訳、『カール・バルト教会教義学 和解論V/4』新教出版社.1986年(第1版)、458頁。

 

 Busch,Eberhard,Karl Barths Lebenslauf Nach seinen Briefen und autobiographischen Texten,

Muenchen1987 小川圭治訳『カール・バルトの生涯  1886−  1968』 新教出版社、1995年

(第2版)。

 

 大崎節郎『カール・バルトのローマ書研究』 新教出版社、1987年。

 

 小川圭治編『カール・バルトと現代 ひとつの出会い−E・ブッシュ教授をむかえて』、 新教出版社、1990年。

 

 大崎節郎『恩寵と類比  バルト神学の諸問題』 新教出版社、1992年。

 

 佐藤敏夫『キリスト教神学概論』 新教出版社、1994年。

 

 熊澤義宣・野呂芳男編『総説現代神学』 日本基督教団出版局、1995年。

 

 ヴォルフハルト・パネンベルク著、森本あんり訳「多元主義と真理主張−宗教の神学の諸問題」

『キリスト教は他宗教をどう考えるか  ポスト多元主義の宗教と神学』 教文館、1997年。

 

 

 

 

 

※この論文は1998年秋季日本基督教団正教師検定試験において提出され、神学論文として認められたものである。