聖書研究:「新約聖書ルカによる福音書2章1‐7節」    

川上純平  1999・12

 

 

 

 

 

今回の聖書研究の箇所は、クリスマスが近いということで、イエスの誕生に関連する聖書箇所をご一緒に読んでみたいと思います。

イエスの誕生の物語が記されているマタイによる福音書とルカによる福音書は、イエスがベツレヘムで生まれた(マタイ2章1節、ルカ2章6節)という点で同じですが、その一方で、イエスの家族がエジプトに行って、その後、ナザレに向かったという物語がマタイに記されている点で異なったものになっています(マタイ2章19‐23節)。

 ルカでは、マリアとヨセフがローマ帝国の人口調査と徴税の登録のためにベツレヘムに滞在していたと述べられています。しかしながら、歴史学者たちは紀元前27年から紀元14年まで支配していた皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス)の時代に世界的な人口調査は行なわれていなかったとしています。キリニウスがシリアの支配者であった時、パレスチナで一度人口調査が行なわれましたが、それはより後の紀元6年頃でありました(おそらく使徒言行録5章37節で言及されているものでしょう)。キリニウスは、もう少し早い時期に、この地方の総督であったため、また登録と税の査定の間には多少の時間が経過するため、ルカは、その歴史的記述に関して、厳密に正確ではなかったとも言われています。

 ルカは、イエスの誕生物語を記述するにあたって、その場所をダビデの町ベツレヘムに位置づけました。イエスはダビデ王家と連続しているということが、ルカがイエスについて描写するにあたって重要なことであったからです。しかしながら、興味深いことに、ルカは、マタイの場合とは異なって(マタイ2章5‐6節)、ベツレヘムについてのメシアの預言(ミカ5章1節)を引用していません。

 このベツレヘム滞在中にイエスは誕生し、当時、生まれたばかりの赤ちゃんの場合と同様に、身体を真っすぐな状態にして衣服の布に包まれたと言われています。客間は明らかに満員でプライバシーはなかったと思われます。それゆえに、マリアとヨセフは家の下の方か後部の、あるいは、洞窟であった馬小屋の中に宿泊したようです。飼い葉桶はベビーベッドとなりました。ルカ2章8‐20節の描写も、イエスの誕生を富と力の中に置いているマタイ(2章1‐23節)とは明らかに異なります。

 最初にこの知らせを聞いた者は貧しく、身分の低い人たちでした。イザヤ書6章1節の預言では、貧しい者たちに良い知らせが宣べ伝えられるとされていますが、ルカでは、その実現について述べられています。この物語の別の箇所同様、神の言葉が天使、つまり、神の使いを通して到来すると語られています。ルカは人間について語るように、たやすく天使について語っています。

 12節にある「しるし」が良い知らせの証拠として示される時、それは現代人が、13節の「天の大軍(天使たち)」のような異常な何か怪しげなものを「しるし」として見なすということではありません。むしろ、その「しるし」は、貧しい環境の中で見出される、飼い葉桶の中で寝ている赤ちゃんのようにありふれたものであったのです。

 それでは、なぜイエスの誕生を、実際にはそうでなかったにもかかわらず、意図的に、ダビデの王家、皇帝アウグストゥスの人口調査との関連で位置づけたのか、なぜ、そのような政治的な枠組みに挿入したのか、その神学的理由は、イエスがすべての人‐世界のために生まれたという教えが前提となっているからです。かつて、皇帝アウグストゥスは「全世界の救い主」と称され、人々から「アウグストゥスの平和」という賛辞を与えられたりもしましたが、しかし、彼が支配していた時代に、その統治下で生まれたイエスこそが真の平和の救い主だということが暗示されています。

 イエスの誕生物語に関しては不明な点もありますが、イエスの誕生は特別なことであると同時に、私たちのもとで生まれたということに気付く必要があるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

※これは、筆者が日本基督教団今治教会副牧師をしていた頃の、1999年12月に教会の若い人たちの集会で話したものです。