「人間と神経症 ―キリスト教信仰との関係で― 」  

 

川上純平

初版     20001117

改訂第一版 2012/ 1/19

 

 

目次

 

 

 1.神経症の分類とその症状

 2.神経症の原因

 3.神経症の療法

4.神経症とキリスト教信仰との関係

5.結論

 

 

 

 

神経症(Neurosis)、あるいは不安障害(Anxiety disorder)は、心の病の中で最も代表的な精神疾患の一つであり、

様々な症状を表わす。現代日本において多くの人々が神経症になる可能性を持っている。また、神経症とキリスト教信

との関係で、従来、様々な観点から、多くの事が語られ、それらは何らかの形で神経症治療に関わろうとしてきた。

しかし、神経症の原因は、意外なことに、はっきりしていないことが多い。と言うのも、この病は「脳」というもの

が深く関わっているからである。脳というものが人間の心にどれだけ深く関わっているかは、最近、日本でも出版され

たリタ・カーター氏の『脳と心の地形図 思考・感情・意識の深淵に向かって(藤井留美訳、養老孟司監修、原書房、

1999年)』(1)を読んでも分かることである。脳についての研究が最近になって格段に進歩してきており、また

脳について様々なことがわかってきたことは確かであるが、しかしながら、未だにわかっていない部分も多いのが実状

であろう。なぜなら、脳というものは、医学的な研究対象としては非常に難しいものであるからである。同時に、また、

それだけ興味深いものでもあろう。

脳についての研究が、活発になされる以前、神経症についての研究は心理学、精神分析の立場、とりわけ、ジークム

ント・フロイトと、彼の影響を受けた人々の立場、からなされたものであった。かつて欧米においては、神経症を治療

するにあたっては、この立場による療法が主流であった。また日本においては森田療法、現在のアメリカでは行動療法

が盛んなようである。しかし、療法については後で述べることにして、神経症にはどのようなものがあるかをまず以下

に述べてみたい。

 

 

1.神経症の分類とその症状

 

アメリカ精神医学会が発行している『DSM−W 精神疾患の分類と診断の手引き(医学書院、2001年第1版第

10刷)』(2)によると、神経症に含まれるものは、まず「不安障害(Anxiety disorder)」という項目にまとめられる。

そして、不安障害は、「パニック発作(Panic Attack)」「広場恐怖(Agoraphobia)」「広場恐怖を伴わないパニッ

ク障害(Panic Disorder Without Agoraphobia)」「広場恐怖を伴うパニック障害(Panic Disorder With Agoraph-o

bia)」「パニック障害の既往歴のない広場恐怖(Agoraphobia Without History of Panic disorder )」「特定の恐怖

症〔以前は単一恐怖〕〈Specific Phobiaformerly Simple Phobia)〉」「社会恐怖〔社会不安障害〈Social Phobia

Social Anxiety Disorder)〉〕」「強迫性障害〈Obsessive-Compulsive Disorder〉」「外傷後ストレス障害〈Post-

traumatic Stress Disorder〉」「急性ストレス障害〈Acute Stress Disorder〉」「全般性不安障害〔小児の過剰不安障

害を含む〕〈Generalized Anxiety DisorderIncludes Overanxious Disorder of Childhood)〉」「…〔一般身体疾患

を示すこと〕による不安障害〈Anxiety Disorder due to…(Indicate the General Medical Condition)〉」「物質誘

発性不安障害(Substance-Induced Anxiety Disorder)」「特定不能の不安障害(Anxiety Disorder Not Otherwise S-

pecified)」などに分類されるが、これらに加えて、神経症というカテゴリーには、いわゆる心気症、ヒステリー(転換

性障害)などの「身体表現性障害」、離人神経症、多重人格(解離性同一性障害)を含む「解離性障害」、「気分障害」

に属する抑うつ神経症も含まれている。

神経症・不安障害は、さまざまな症状がでる場合が多く、病院の精神科や心療内科でのいくつかの検査や診察などに

よって、はじめて神経症・不安障害であると診断されるのであるが、神経症・不安障害のそれぞれの症状を以下におお

まかに述べてみる。(3)

1.パニック発作

  強い恐怖や不快感と共に、動悸、心拍数増加や息切れ、息苦しさ、発汗、窒息感、胸部・腹部不快感、めまい感、

気が遠くなる感じ、現実感消失(現実でない感じ)、離人症状(自分自身から離れている感じ)、自分がおかしく

なること、死ぬことに対する恐怖、異常感覚が突然起こり、それから10分以内に、そのような症状が頂点に達す

る。

2.広場恐怖

  パニック発作が起こった時、助けが得られない場所にいることについての不安が起こる。そういった場所にいな

くても、パニック発作が起こることを非常に強い苦痛または不安を伴い耐え忍んでいる。

3.広場恐怖を伴わないパニック障害

  予期しないパニック発作が繰り返し起こる。発作とその発作の結果が持つ意味に対する心配。それらが広場恐怖

なしに起こる。

4.広場恐怖を伴うパニック障害

  予期しないパニック発作が繰り返し起こる。発作とその発作の結果が持つ意味に対する心配。広場恐怖が存在し

ている。発作と関連のある行動が大きく変化する。

5.パニック障害の既往歴のない広場恐怖

  パニック障害の診断基準を満たしていない。広場恐怖が存在し、それがパニック様症状を発現することへの恐怖

と関連している。その恐怖は通常の恐怖の程度を明らかに越えている。

6.特定の恐怖症〔以前は単一恐怖〕

  ある特定の対象または状況(例:飛行、高所、動物、注射をされること、血を見ること)の存在、または予期を

きっかけに生じた、強くて持続的な恐怖で、過剰または不合理なもの。恐怖刺激によってパニック発作の形をとる。

その人は恐怖が過剰、不合理であることを認識している。それに対する予期・回避のために、恐怖状況の中での苦

痛のために、その人の正常な毎日の生活習慣、職業上の機能、社会活動や他者との関係が障害されており、その恐

怖症のため著しい苦痛を感じている。病型には、動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、状況型がある。

7.社会恐怖〔社会不安障害〕

  よく知らない人達の前で他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況または行為をするという状況〈自分が恥を

掻いたり、恥ずかしい思いをしたりするということ)に対する持続的な恐怖。その恐怖している社会的状況によっ

てほとんど必ず不安反応が誘発され、パニック発作の形をとる。その人は恐怖が過剰、不合理であることを認識し

ている。それに対する予期・回避のために、恐怖状況の中での苦痛のために、その人の正常な毎日の生活習慣、職

業上の機能、社会活動や他者との関係が障害されており、その恐怖症のため著しい苦痛を感じている。

8.強迫性障害

  頭の中で起こる反復的・持続的な思考、衝動、心象で、不適切なものとして体験され、強い不安や苦痛を引き起

こす。その思考、衝動、心象は現実生活の問題についての過剰な心配ではない。その思考、衝動、心象を無視・抑

制・中和しようとする。その思考、衝動、心象を自分自身の心の産物であると認識している。

  反復的行動(例:何回も確認すること)、心の中の行為(例:意味なく数を数えること)を行なう。その行動や

心の中の行為は、苦痛や恐ろしい出来事を予防したり、避けたりすることを目的としているが、現実的関連はなく、

過剰である。その人は、その観念・行為が過剰、不合理であることを認識している。その観念・行為は、強い苦痛

をもたらし時間を浪費させ、その人の正常な毎日の生活習慣、職業上の機能、社会活動や他者との関係が障害され

ている。

9.外傷後ストレス障害

  実際に死ぬか重傷を負うような出来事を、または自分または他人の保全に迫る危険を体験、目撃、直面した。そ

の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。そのことが反復的に苦痛を伴って頭の中で起こり、夢

に見る。そのことが再び起こっているように行動し、感じたりする。そのことに類似したものに触れる時に起こる

心理的苦痛と生理的反応がある。

また次のようなものが起こる:外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力。外傷を想起させ

る活動、場所または人物を避けようとする努力。外傷の重要な側面の想起不能。重要な活動への関心または参加の

著しい減退。他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚。感覚の範囲の縮小(例:愛の感情を

持つことができない)。未来が短縮した感覚(例:仕事、結婚、子供、または正常な一生を期待しない。)

  外傷以前には存在していなかった次のような持続的な覚醒亢進症状がある:入眠または睡眠維持の困難、易刺激

性または怒りの爆発、集中困難、過度の警戒心、過剰な驚愕反応。

  これらの障害の持続期間が一ヶ月以上あり、その障害は、臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的または他の

重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

10.急性ストレス障害

  外傷後ストレス障害に似ているが異なる部分もある。苦痛な出来事を体験している間、またはその後に、次のよ

うな症状がある。:麻痺した、孤立した、または感情反応がないという主観的感覚。自分の周囲に対する注意の減

弱(例:“ぼうっとしている”)。現実感消失。離人症。解離性健忘。

また、外傷的な体験を家族に話すことで必要な助けを得たり、人的資源を動員したりするなど、必要な課題を遂

行する能力を障害している。

11.全般性不安障害〔小児の過剰不安障害を含む〕

  (仕事や学業などの)多数の出来事または活動についての過剰な不安と心配(予期憂慮)が、少なくとも6ヶ月

間、起こる日の方が起こらない日よりも多い。その心配を制御することは難しいと感じている。また次のような症

状を伴っている。:落ち着きのなさ、または緊張感、または過敏。疲労しやすいこと。集中困難、または心が空白

になること。易刺激性。筋肉の緊張。睡眠障害。

  また、その不安と心配は外傷後ストレス障害の期間中にのみ起こるものではない。不安、心配、または、身体症

状が臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

12.…〔一般身体疾患を示すこと〕による不安障害

  強い不安、パニック発作、または強迫観念、強迫行為が臨床像で優位である。その障害が一般身体疾患の直接的

な生理学的結果であるという証拠が、既往歴、身体診察、または臨床検査所見から得られている。障害は他の精神

疾患(例:重大な一般身体疾患がストレス因子になっている不安を伴う適応障害)ではうまく説明されない。障害

はせん妄(意識水準の軽度低下と幻覚や興奮などの精神病的症状を示す状態で、活発な急速眼球運動が生じる。)

の経過中にのみ起こるものではない。その障害は、臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的または他の重要な領

域における機能の障害を引き起こしている。

13.物質誘発性不安障害

  強い不安、パニック発作、または強迫観念、強迫行為が臨床像で優位である。物質中毒または離脱(禁断症状)

の期間中、またはその一ヶ月以内に発現した強い不安、パニック発作、または強迫観念、強迫行為の症状があり、

薬物の使用が障害に病因として関係していることの証拠が既往歴、身体診察、または臨床検査所見から得られてい

る。障害は、物質非誘発性の不安障害では、うまく説明されない。障害は、せん妄の経過中にのみ起こるものでは

ない。その障害は、臨床的に著しい苦痛または社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起

こしている。

14.特定不能の不安障害

  顕著な不安または恐怖症的回避を伴う障害で、これには、例えば次のようなものがある。:

臨床上著明な不安および抑うつ症状が存在しているが、特定の気分障害または不安障害の基準を満たさない混合性

不安抑うつ障害。一般身体疾患または精神疾患にかかることによる社会的衝撃と関連した、臨床上著明な社会恐怖

症状。不安障害は存在するが、それが原発性か(不安障害による症状か)、一般身体疾患によるものか、または物

質誘発性かを決定することができないと臨床家が結論づけた状況。

15.心気症、ヒステリー(転換性障害)を含む身体表現性障害

 心気症:心身の些細な違和変調に著しくとらわれ、医学的な診察や検査で何でもないとその所見を否定されてい

るにもかかわらず、繰り返しいろいろな医者を遍歴し、受診を繰り返す。

ヒステリー(転換性障害):知覚・感覚系および運動系に知覚の麻痺や痙攣など身体症状が多様に起こるものと、

心因性の失声症、あるいは発声困難のような特定の単一症状だけをあらわすものとがある。それぞれ、その障害に

先立って心的な葛藤やストレス因が見出され、心理的要因が関連している。また、これらに加えて詐病や虚偽性障

害も、このカテゴリーに含まれる。

16.離人神経症、多重人格(解離性同一性障害)を含む解離性障害

  離人神経症:自己、外界、自己の身体に関する自己所属感が失われる体験。自分が自分でない、外界が本当に存

在しているかどうかわからないという疎隔感、非現実感、ものを食べても味覚がないなどの体験。現実検討は正常

に保たれており、自己観察的であるにもかかわらず、自分の精神過程、または身体から遊離して、あたかも自分が

外部の傍観者であるような体験を持続的・反復的に経験する。

多重人格(解離性同一性障害):心的外傷によって起こるものであることが多い。解離とは、心的ストレスによ

って、あるいは、きわめて深刻な心的外傷を負った時に、心の一部を麻痺させることにより、それをやり過ごす機

制であると理解されている。多重人格障害においては、複数の人格を持ち、それらの人格が交代で現われ、主人格

は多くの場合は意志が弱く、他の人格の存在やその特徴をあまり把握していない。また、交代人格(他の人格)が

自分にとって代わるのをコントロールできず、またその間に起きたことを通常は想起できない。

2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性または人格状態の存在がある(その各々は、環境及び

自己について知覚し、かかわり、思考する比較的持続する独自の様式を持っている)。これらの同一性または人格

状態の少なくとも2つが、反復的に、患者の行動を統制する。重要な個人的情報の想起が不能であり、普通の物忘

れでは説明できないほど強い。

17.「気分障害」に属する抑うつ神経症

抑うつ神経症:軽症の抑うつ状態で、心因性、つまり神経症性のもの。悲哀、抑うつ、不安感情、外界への興味

の喪失、制止症状、罪業感、自殺念慮などの精神症状と同時に、不安、食欲低下、性欲低下、知覚過敏などの身体

症状があり、日内変動も見られる。加えて、DSM−Wでは、易疲労性、気力の減退、不眠、あるいは睡眠の過多、

集中力、思考力の減退、決断の困難、死についての考えを繰り返すこと等があげられている。

またストレス、対象喪失(愛着のある対象の喪失で、対象は幻想上のものや現実の人間である場合が多い。)、

モーニング“mourning(対象喪失後の人間の心の過程、例えば、再会への願い、立ち直りなど)の心理との結び

つきがみられることが多い。

 

 

2.神経症の原因

 

神経症の原因は、最初に述べたように、はっきりとしていないが、環境、脳、遺伝子、ストレス、性格といった

ものがあげられるだろう。環境とは、もちろん、家庭環境や仕事場の環境、学習環境など生活環境全般である。脳

とは、脳の内分泌物質、脳内神経伝達物質、たとえば、モノアミン類に属するセロトニン(5−HT)という物質

とシナプス、受容体による神経細胞の電気活動、情報伝達、扁桃体や灰白質が神経症発生の原因に深く関わってい

るということである。(4)ストレスについては、人間に対する、特に心理的ストレスが心の病に深く関わっている

ことを、あらためて述べる必要はないだろう。(5)性格については、森田療法やフロイトの精神分析、その他でも

言われていることである。(6)

おそらく、これらのことが複雑に関わって神経症が起こるのであろう。それゆえに神経症とは器質的な原因によ

る病気ではなく、心因性の病気である、などとは必ずしも言いきることができないのである。

それでは、次に神経症の療法には、どのようなものがあるのか以下に述べてみたい。

 

 

3.神経症の療法

  

 前述したとおり、神経症の療法は、様々である。また、この療法を行ったから、神経症が確実に治る、あるいは、

治らないと言うことはできないだろう。なぜならば、個人個人によって、神経症の状態・治療法の適否は異なるか

らである。しかしながら、それらの療法を試してみる価値はあるであろうし、それは、精神科医や心療内科医、臨

床心理士、精神分析家といったような人たちと相談しながら行っていくものであることは言うまでもない。それで

は、以下にその療法の名称をリストアップしてみる。

   まず、通常、総合病院の精神科及び心療内科外来で神経症の治療法としてなされる「薬物療法」や「簡易精神療

法」がある。それ以外としては「催眠療法」、そして、そこから起こった、いわゆる「精神分析」、さらに、そこ

から派生した、それぞれの精神分析やユング心理学の立場からの「遊戯療法」、「箱庭療法」、「芸術療法(絵画

療法・音楽療法等)」、「バイオフィードバック法」、「集団療法」、「家族療法」、「心理劇」、様々な「カウ

ンセリング」、「実存分析」、「現存在分析」、「フォーカシング」、「イメージ療法」、「催眠分析」、「交流

分析」それらとの関係で、一方で「行動療法」、「暗示療法」、「自律訓練法」、「筋弛緩法」、「認知療法」、

「ゲシュタルト療法」、「内観療法」、「作業療法」、「レクリエーション療法」、「読書療法」、「休息療法」、

「森田療法」、ロジャースの「クライアント中心療法」、「環境調整」などがあげられるであろう。

しかし、また、最近では、自分で独自の治療法を生み出す人もおり、眼球を左右に運動させることによって対人

  恐怖が軽減したといったような例もあり、さらには祈ることによって神経症の症状が和らいだといったような例も

ある。

 

 

4.神経症とキリスト教信仰との関係

  

神経症とキリスト教信仰との関係については、従来いくつかの観点から様々に言われてきた。たとえば、ジーク

ムント・フロイトを始めとする精神分析学の観点、ユング心理学から発展した宗教心理学の観点、牧会カウンセリ

ングの観点、それとの関係で率直にキリスト教信仰と医学的・自然科学的なものの見方を結びつける観点、実存分

析・現存在分析的な観点、それとの関係でロロ・メイパウル・ティリッヒ(7)などのキリスト教神学的な観点、

また、森田療法と禅との関係から、おおまかに宗教との関係という点で捉えた観点もあるかもしれない。そして、

現在においてこれら全てが行なわれているわけではない。

しかし、特にジークムント・フロイトの精神分析学の観点を別にすれば、それぞれの観点はキリスト教信仰が神

経症治療に何らかの形でかかわるもの、あるいは、かかわっていたものであるのが実状である。(8)

また、これらのことに人間そのもの、人間というものの存在の問題が深くかかわっていることは言うまでもない

(神経症の存在というものについて、人間は、どこまで理解することができるのだろうか?)。(9)

なお「信仰があれば、神経症にはならない」などという考えを今日、もはや誰も支持しないであろう。それにつ

  いては、「2.神経症の原因」の項で述べたとおりである。むしろ、信仰を持った者が神経症になった場合、「な

ぜ信仰深い自分が神経症に?」という点から、さらにより信仰生活を深めていく人もいるであろう。ある牧会カウ

ンセラーにいたっては、神経症を「神の恵み」であるとしている。もちろん、それは病気としての「神経症」にな

ることが素晴らしいことであると言っているのではないであろう。むしろ、それは神経症になることのマイナス面

というものをどう見るかということである。神経症による苦しみの中で自らの人生と神、自らと神の関わりがどの

ようなものであるかを考えることを示しているのであろう。もっとも、神経症の場合、神経症になって症状に苦し

められている時と症状が良くなっている時とでは本人の考え方が異なるということがある。また、何を持って完治

したとするのかということで意見が異なる場合もあろう。しかし、キリスト教信仰においては基本的には病の中に

あって神が共にいて下さると信じるということが大切であるとされている。

 

 

5.結論

 

このように「神経症(不安障害)」は脳における複雑な機能障害であり、その原因は様々に言われている。精神

医学の歴史の中では心理学的研究や精神分析が多く貢献したものでもあるが、これにも限界があり、現在では脳医

学の分野からの研究が重要とされている。しかしながら、脳医学が人間のためにあることや倫理から逸脱すること

があるとこれも問題であろう。

 キリスト教信仰との関連においては、その受け止め方が違い、療法が様々にあることや完治の定義の違いから個

人個人それぞれのアプローチが必要なものとされるのであろう。しかしながら、基本的にキリスト教信仰において

は、人間の生と存在が無駄なものではなく、それを包み込む神の恵みが大前提とされており、神が共に苦しみ、担

うということを覚えることも重要なものとされている。

 

 

 

 

〈参考文献〉

 

 

・エーリッヒ・フロム著、谷口隆之助・早坂泰次郎訳、『精神分析と宗教』、東京創元社、1996年〈第31版〉Fromm, 

Erich. Psychoanalysis and Religion, Yale University Press, 1950.

・アメリカ精神医学会編、高橋三郎、大野 裕、染矢俊幸訳、『DSM−W 精神疾患の分類と診断の手引き』、医学書院、

2001年〈第1版第10刷〉。American Psychiatric Association. (ed),Diagnostic Criteria From DSMW. 1994. 

・樋口正元著『神経症を治す 薬物療法から森田療法までQ&A』、保健同人社、1995年。

・小此木啓吾、深津千賀子、大野 裕編『心の臨床家のための精神医学ハンドブック』、創元社、1998年〈第1版〉。

・リタ・カーター著、藤井留美訳、養老孟司監修『脳と心の地形図 思考・感情・意識の深淵に向かって』、原書房、1

999年。Carter, Rita. Mapping The Mind. 1998.

・藤倉恒雄著「テイリッヒの『牧会心理学』への貢献」『パウル・ティリッヒ研究』、聖学院大学出版会、1999年。

・仙波純一著「こころの化学信号ネットワーク―脳の神経化学」、尾崎紀夫著「こころの病や人格と遺伝子」『こころの

科学 第100号 特別企画 脳と心』、日本評論社、2001年、55‐62頁、100‐107頁。

斎藤正弘著『神経症を治す本』、健友館、2002年〈第1版〉。

・『心理学辞典 CD-ROM版』、有斐閣、1999年。

・『精神医学事典』、弘文堂、2001年。

・“Anxiety disorderFrom Wikipedia, the free encyclopedia.

http://en.wikipedia.org/wiki/Anxiety_disorder

 

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(1) 原書名はCarterRitaMapping The Mind.1998. ちなみに、私は上記の本をインターネットのホームページである斎藤正弘氏の「神経症を治すホームページ」で知ったが、私が神経症について、このホームページから学んだことは多い。なお斉藤氏の著作としては『神経症を治す本(健友館、2002年第1版)』がある。

(2)  原書名はAmerican Psychiatric AssociationDiagnostic Criteria From DSM−W”1994.ちなみに、“DSM”とは、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersアメリカ精神医学会(APA)の精神疾患の診断・統計マニュアルであり、DSM-T(1952),DSM-U(1968),DSM-V(1980),DSM-V-R1987),DSM-W(1994)と改訂を重ね、最も新しいものは2000年に発表されたDSM-W-TRである。第3版に至り,操作的診断基準が設定され,また多軸評定システムが採用されたこともあり,アメリカ国内のみならず世界的に非常に広く用いられるようになった。操作的診断とは,臨床像の記述により各 精神障害を定義し,複数の特徴的病像が認められるかどうかで診断をくだす方法であり,診断の客観性・公共性を高めることができる。多軸評定システムでは,(1)臨床的障害,(2)人格障害・精神遅滞,(3)一般医学的状態,(4)心理社会的および環境的問題,(5)機能の全般的評定,の五つの側面から生物・心理・社会的に評定を行う。(『心理学辞典 CD-ROM版』、有斐閣、1999年、より)

また“DSM”が精神障害のみに関するアメリカ精神医学会の分類であるのに対して“ICD”は全疾患を取り扱い、分類している。“ICD”とは「国際疾病分類」“International Classification of Diseases”の略であり、世界各国間の死亡および疾病統計に使用される分類で、以前は国際死因分類とされていたものを1948年の第6回修正より国際疾病分類としてWHOが所管し、10年ごとに修正が行われるようになった。最新のものは、92年に改訂された第10回修正版(ICD-10)で、日本でも厚生省により採用されている。大項目を示す章の数は21で、そのうち精神保健に関わるのは第X章「精神および行動の障害」であり、そのなかに精神分裂病(※ちなみに、「精神分裂病」は、現在では「統合失調症」と言われている。もっとも、この病名も「分裂」という言葉を別の言葉で表現したにすぎないようにも感じられるが、一番適切な名称はその脳の状態を表した名称であろう。そうであるとするならば、本来、「神経症」という病名も、その病気自体が神経そのものに原因のある病気であるとは言えないので、不適切な名称であろう。もっとも2012年、現在においては「神経症」という病名も医学用語としては用いられていない。)というものと・分裂病型障害および妄想性障害、気分(感情)障害,神経症性障害・ストレス関連障害および身体表現性障害等10個の診断カテゴリーが用意されている。そして、使用目的に合わせて『臨床記述と診断ガイドライン』(WHO1992),『研究用診断基準』などいくつかの版が出版されている。(『心理学辞典 CD-ROM版』、有斐閣、1999年より ※内は筆者)

(3) なお、この箇所に関しては、アメリカ精神医学会編『DSM−W 精神疾患の分類と診断の手引き(医学書院、2001年第1版第10刷)(以下DSM−Wと略す。)及び、小此木啓吾、深津千賀子、大野 裕編『心の臨床家のための精神医学ハンドブック(創元社、1998年第1版)』にその多くを拠った。

(4) この神経伝達物質と神経細胞との関連については、たとえば、仙波純一「こころの化学信号ネットワーク―脳の神経化学」『こころの科学 第100号 特別企画 脳と心(日本評論社、2001年)』55〜62頁やを参照、ちなみに同季刊誌100〜107頁所載の尾崎紀夫「こころの病や人格と遺伝子」においても、セロトニン(5−HT)と不安性障害との関係が述べられている。

   また、脳の中の最大のノルアドレナリン系の核である青斑核におけるGABA(gamma amino butyric acid)系システムの制御機能の障害といったような生物学的メカニズムがパニック障害に関係しているとも言われている。小此木啓吾、深津千賀子、大野 裕編『心の臨床家のための精神医学ハンドブック(創元社、1998年第1版)』163頁や“Anxiety disorderFrom Wikipedia, the free encyclopedia. http://en.wikipedia.org/wiki/Anxiety_disorder)等を参照。

(5)  もっとも、ストレスは人間が生活していく上で必要なものであり、有益なストレスというものもあるが、神経症と深く関わるのは、ストレスを処理したり、コントロールしたりできなくなること、あるいは急性的な強いストレスなどである。『精神医学事典(弘文堂、2001年)』の「ストレス」の項他参照。

(6) このことについて述べた本は数多くあるが、ここでは、たとえば、わかりやすく説明した本として、樋口正元『神経症を治す 薬物療法から森田療法までQ&A(保健同人社、1995年)』をあげておく。

(7)  ちなみに、藤倉恒雄「テイリッヒの『牧会心理学』への貢献」『パウル・ティリッヒ研究(聖学院大学出版会、1999年)所載』15〜41頁は、パウル・ティリッヒが心理学に対する無理解な批判攻撃や、神学と心理学の安易な同一化を戒めていること、「神経症的な不安」と「存在論的な不安」の区別の提示が心理学者の精神病理学についての理解を助けたこと等について述べている。

(8)  もっとも、だからと言って、精神分析学者すべてが、キリスト教信仰は神経症治療にかかわっている、あるいは、かかわっていないと主張しているわけではなく、その学説も様々であることは言うまでもない。ちなみに、フロイトの宗教についての見方を含めて、興味深い考察をしている精神分析学者として、エーリッヒ・フロムの名を挙げるのはおかしくないことであろう。特に彼の『精神分析と宗教(谷口隆之助・早坂泰次郎訳、東京創元社、1996年第31版。原書名はFrommErichPsychoanalysis and Religion New HavenYale University Press,1950)』は一読に値する。また、フロイトの宗教に対する考え方については、この本の16頁以下参照。

 

 

(9)  この「人間と神経症 キリスト教信仰との関係で 」は筆者がかつて2000年に書いたものを加筆補正したものである。