「ブルトマンとその弟子エーベリングについて ‐バルト神学、ユンゲルとの関連で」

2002年 川上純平

 

 

1.ブルトマン

 

ルドルフ・ブルトマン(Rudolf Karl Bultmann 1884‐1976)は「非神話(論)化」で有名なドイツの代表的な新約聖書学者であるが、組織神学にも多大な影響を与えている。

彼は1884年8月20日に北ドイツのオルデンブルクに生まれた。父はルター派教会の牧師であった。テュービンゲン、ベルリン、マールブルク大学等で学び、ベルリンでは宗教史学派の旧約聖書学者ヘルマン・グンケルやリッチュル学派で教会史の大家アドルフ・フォン・ハルナック、マールブルクでは同じく宗教史学派の新約聖書学者ヨハネス・ヴァイス、同じ頃、神学者カール・バルトも学んだリッチュル学派の組織神学者ヴィルヘルム・ヘルマンから影響を受ける。1910年に『パウロの説教の文体およびキュニコス学派・ストア学派の講話』(Der Stil der paulinischen Predigt und die kynisch-stoische Diatribe)で学位を得、1914年にマールブルク大学私講師、16年から20年までブレスラウ大学助教授、20年にギーセン大学教授として教えた後、21年にマールブルク大学神学部新約学担当正教授に就任、カール・バルトらの神の言葉の神学(弁証法神学)運動やドイツ教会闘争にも参加し、54年に引退するまで同大学にとどまった。教授就任後まもなく哲学者マルティン・ハイデッガーと親交を結び、方法論上の影響を受けた。1976年7月30日死去。

史的イエスと宣教のキリストの連続性を確認することを試みたエルンスト・ケーゼマン(Ernst Käsemann)、様式史的研究を土台として編集史的福音書研究を行なったギュンター・ボルンカム (Günther Bornkamm)やハンス・コンツェルマン(Hans Conzelmann)たちのような後に指導的な新約聖書学者となった者だけでなく、信仰を「言葉の出来事」であるとしたエルンスト・フックス(Ernst Fuchs)やゲアハルト・エーベリング(Gerhard Ebeling)たちのような組織神学と解釈学に多大な貢献を残した神学者たち等、多くの弟子を育てたが、そこには日本人も少なからず含まれている。彼はまたカトリック、哲学や宗教学を経て仏教の非神話(論)化にも影響を与えている。

 彼の最初の代表的な著作は1921年の『共観福音書伝承の歴史』(Die Geschichte der synoptischen Tradition)である。彼は共観福音書を分解し、伝承発展の法則を追求、共観福音書成立に用いられた資料以前に断片的なイエスについての伝承(ケリュグマ:使信)があると想定して分析した結果、そこにイエス復活後の原始キリスト教会の礼拝と宣教、「生活の座」(Sitz im Leben)があるとし、その年代決定の基準を得ようとした。これは宗教史学派の影響を受けたものであり、様式史的研究の古典となった。カール・シュミット、マルティン・ディベリウス等の同様の研究とあいまって,共観福音書に収められているイエスについての伝承の言葉は全体として史実ではなく、イエスこそ救世主(キリスト)であるという信仰を伝えるものであることを明らかにしたのである。

ブルトマンは上記の研究に基づき、イエス自身が語ったと思われる一群の言葉(ケリュグマ)の解釈を中心とした『イエス』(Jesus1926)を書いた。ここには既に宗教的文書の解釈を、そこに含まれている実存理解を取り出すことであるとする〈実存論的解釈〉が実際に適用されている。つまり、それはイエスの言葉、イエスの教え全体に通じる実存理解が,人間とは常に「いま,ここで」の状況で、頼るべきものなしに主体的決断をするよう要請されているものであるということであり、そこではイエスの人格ではなく、終末論的決断を迫るイエスの教えに関心が注がれている。

ブルトマンはこの解釈法を発展させ、『ヨハネ福音書註解』(Das Evangelium des Johannes,1941)、『新約聖書神学』(Theologie des Neuen Testaments1948‐53)で新約聖書全体の解釈にそれを適用した。さらに彼は1941年の『新約聖書と神話論』(Neues Testament und Mythologie)でセーレン・キルケゴールの影響を受けた初期ハイデッガーの実存論的分析を用いて解釈の方法論をまとめ、いわゆる「非神話(論)化」を提唱した。これによると新約聖書の世界観は神話論的であり、そのまま現代に通用するものではなく、信仰のために知性を犠牲にすることは信仰を低めることであり、神話論的表現は削除せず解釈しなくてはならない、そして、そこに含まれている実存理解は厳密な実存哲学的概念性によって言い表されなくてはならないとした。この提言は第二次世界大戦後のキリスト教神学界の大問題として論議された。もっとも彼の場合、「使徒的宣教」の中核は信仰的受容の対象であり、信仰者はイエスにおける神の言葉を自らの実存の根拠として選び、この言葉が信仰者に神の前で生きるようにするのであるということを述べている。他に彼が執筆した新約聖書学関係の著作として、歴史現象の中で原始キリスト教を描き、その実存理解について述べた『原始キリスト教 古代の諸宗教の枠の中で』(Das Urchristentum im Rahmen der antiken Religionen1949)実存論的終末論を述べた『歴史と終末論』(History and Eschatology,1957)がある。

彼は結局、キリスト教信仰の本質と根拠の問い、どのようしてイエス・キリストについての物語を今日、新しいものとして提示できるかという問題を新約学の立場から提出したのである。もちろん、今日においては、グノーシス主義の取り扱いやイエス理解(史的イエスと伝えられたキリストとの区別)等に問題があるということができるかもしれないが。

また彼は神学の基礎を哲学的に取扱おうとしたわけであるが、それについての組織神学的著作としては『信仰と理解』(Glauben und Verstehen T‐W,1933‐65)が挙げられるであろう。また1926年から36年にかけて組織神学の講義『神学通論』(Theologische Enzyklopadie)を行なっており、これは彼の死後1984年に出版されている。

 

2.エーベリング

 

ブルトマンの影響を受けた人々は、歴史上に生きたイエスを問題にし始めた。これが「史的イエス」の問題である。しかしながら、ブルトマンの影響を受けたエーベリングやフックスは「史的イエス」の問題をキリスト論との関わりで組織神学的・解釈学的に考えた。またエーベリングとフックスは、ブルトマンが初期ハイデッガー哲学に依存するのに対して、「より適切な哲学」であるとした後期ハイデッガー哲学を神学に使用し、言葉によって表現されている実存理解ではなく、言葉そのものに関心を向け、神学を「信仰の言葉についての論」とした。

ゲアハルト・エーベリング(Gerhard Ebeling 1912−2001)はドイツのルター派神学者である。ルドルフ・ブルトマンの高弟であった彼は1912年7月6日にベルリンのシュテーグリツに生まれた。1930年にマールブルク大学に入学し、ブルトマン及びルター学者のマウラーに師事、その後、チューリヒ大学、ベルリン大学で学ぶ。フィンケンヴァルデ牧師研修所にて神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーのもとで研修後、38年、チューリヒ大学で博士論文『福音主義的福音書解釈−ルターの解釈学研究』(Evangelische Evangelienauslegung. Eine Untersuchung zu Luthers Hermeneutik)を完成させ、歴史神学者として出発。46年、テュービンゲン大学歴史神学助教授に就任し、47年『聖書解釈の歴史としての教会史』(Kirchengeschichite als Geschichite der Auslegung der heligen Schriftにおいて教会史を聖書解釈史として採り上げたが、次第に組織神学の分野で活躍。56年、チューリヒ大学組織神学・教理史・信条学教授就任、79年、チューリヒ大学教授定年退任までの間、両大学の教授職を二度ずつ交互に歴任。ルター研究によって、言葉と信仰の関連を掘り下げ、解釈学を基礎とした神学の確立を目指して、〈言葉の出来事〉(Wortgeschehen)に思索を展開・集中させ、さらに神学的言語表現の存在論的基礎を問う基礎神学の分野では、重厚な学風によってその道を切り拓くことに尽力した。

エーベリングは、フックスの弟子でもあり、フックスと多くの共通するものをもっている。エーベリングによれば、キリスト教はその史的起源から切り離されれば崩壊してしまう。この起源は、他の歴史的現象から区別された唯一回的、絶対的な出来事である。史的イエスに土台を置かないキリスト教信仰はあり得ず、史的イエスの研究から神学は離れることができない。イエスの中で表現されている信仰において、史的イエスとキリストが一致し、実存が根拠づけられ、実存を呼び覚まされ、確かなものとされる。そして宣教されるべきキリストは、実存的に理解されたイエスであり、イエスは神との実存的な出会いを教え、彼の言葉(神)と本当に実存的に出会った時にのみ、人はイエスを真実に理解できる。このように正しく理解されたイエスこそ、キリストであり、イエスの信仰を正しく理解するということは、イエスの信仰をすべての人間が関わる実存の根拠として受け入れるということであった。

また彼の著作『キリスト教信仰の本質』(Das Wesen des christlicen Glaubens,1959,1963〈5.Aufl〉)の中でエーべリングは、「信仰に本性的に固有な自由とは何であるか。この自由は、人間が思いわずらい(Sorge ドイツ語で「心配、不安」の意味)から解放されることに存立している。・・・・・人間の自己自身についての思いわずらいは、ただ二つの道だけを残しており、それらはただ一時的に異なっているだけであって、しかし同じ目標へと志向するものだからである。つまり、自己自身についての思いわずらいを自負心によって抑圧するか、または自己自身についての思いわずらいへ絶望によって先を急ぐかのどちらかである。迷いは・・・・人間が、その思いわずらいを隠すか高めるかしかできない、その道を歩んでいること、つまり自分自身にしがみつくことにおいて、また増大する、我欲において、歩んでいるということである。」(1)と述べており、その信仰本質論を展開している。

さらに著作として『言葉と信仰』(Wort und Glaube3巻,1960−,67−75〈3.Aufl)、『ルター思想入門』(Luther.Einfuehrung in sein Denken,1964,1978〈3.Aufl)、『ルター研究』(Lutherstudien2巻,1971,77)、『神学研究』(Studium der Theologie,1975,1977〈2.Aufl)、『キリスト教信仰の教義学』(Dogmatik des christlichen Glaubens3巻,1979)がある。「キリスト教信仰の教義学」は、キリスト教信仰の本質を究明することを神学の課題と見ており、その点でルターシュライエルマッハーの伝統を受け継いでいる。彼は言葉の働きを重視し、信仰を〈言葉の出来事〉とする解釈学的神学を展開している。キリスト教の信仰内容は、真に現在の生活や体験のコンテキスト(状況)において表現されて初めて、教義学的に理解できるように解釈されるのである。(2)

他に『祈りについて−主の祈りに関する説教』(Vom Gebet.Predigten über das Vaterunser1963)があり、遺作としては書き手と読み手の具体的状況が問題となる、手紙に関するルター研究『手紙に表されたルターの牧会』(Luthers Seelsorge: Theologie in der Vielfalt der Lebenssituationen an seinen Briefen dargestellt1997)がある。

 

3.バルト神学、ユンゲルとの関連で

 

ブルトマンの影響を強く受け、さらに徹底、あるいは批判的に発展させていく神学者たちを「ブルトマン学派」という。この学派は右派にケーゼマン、コンツェルマン、ボルンカム、左派に新約聖書学者のヘルベルト・ブラウン(Herbert Braun)、カール・バルトの影響を受けた滝沢克己の思想との折衝を行なった八木誠一等が挙げられ、中間にフックスやエーベリングが挙げられる。エーベリングの立場は中庸であるわけだが、彼は、教会史家、つまり、歴史神学者から、解釈学的な神学を確立しようとした組織神学者となっていった。

エーベリングに影響を受けた有名な神学者の一人としてはエバハルト・ユンゲル(Eberhard Jüngel 1938‐)の名が挙げられるであろう。彼はドイツのマグデブルクで生まれ、ナウムブルク大学、ベルリン大学、チューリヒ大学、バーセル大学で、フックス、エーベリング、カール・バルトの影響を受けたハインリッヒ・フォーゲル、哲学者のG,シュタムラー、カール・バルト等に神学と哲学を学んだ。彼は(エーベリングもそうであるが)フックスからの影響が強かった。そして、ユンゲルは、これらの極めて重要なブルトマン学派たちの解釈学的方法論の影響を受けているにもかかわらず、神学の主題的内容に関してカール・バルトからの影響を受け、バルト研究者としても有名な現代の組織神学者となったのである。

 彼は1961年から66年まで旧東ドイツにあるベルリンの神学大学、1966年からチューリヒ大学で教えた後、1969年以後、テュービンゲン大学組織神学及び宗教哲学教授、解釈学研究所所長となった。彼は1962年に出版された学位論文である「パウロとイエス ‐キリスト論の起源に関する問いを厳密にするための研究‐」(Paulus und Jesus.Eine Untersuchung zur Präzisierung der Frage nach dem Ursprung der Christologie 原題は『パウロの義認論とイエスの宣教の関係』)においてブルトマン学派とバルト神学との調停を試みている。彼はバルト神学を「十字架の神学」として解釈し、バルトのキリスト論的集中による方法論によって類比概念に基づいて神、世界と人間について語ろうとした。そこには有神論と無神論が争う間で基礎づけられたものがある。ポール・リクールとの共著『隠喩:宗教的言語の解釈学について』(Metapher : zur Hermeneutik religioser Sprache,1974)においてはメタファー(隠喩)論について研究し、神学と人間学の間の言語論的諸対応の分析に一石を投じた。

一方、彼の代表的な著書の一つに『神の存在 ‐バルト神学研究(日本語版タイトル)』(Gottes Sein ist im Werden, Verantwortliche Rede vom Sein Gottes bei Karl Barth,Eine Paraphrase,1965)があるが、これは原書のタイトルを直訳すると『神の存在は生成の中にある ‐カール・バルトにおける神の存在についての責任的な言説、一つの解釈‐』となり、この書物の背景にはブルトマン学派の新約聖書学者ヘルベルト・ブラウンとバルトの影響を受けた教義学者ヘルムート・ゴルヴィツァーとの論争がある。ユンゲルはバルトの立場に立ちつつ、これを「三位一体論」において解釈し、神は主体でありつつ、自分自身を対象とすることによって人間を認識主体とするものであると考え、三位一体論的な内なる神の本質と人間の歴史である外への神の働きは対応しているとした。彼はバルト対ブルトマンという対立を克服しようとしたとも言える。

他に『死』(Tod,1971)、『世界の神秘(秘義)としての神 ‐有神論と無神論の間での闘いにおける十字架につけられた方の神学の基礎づけについて』(Gott als Geheimnis der Welt, Zur Begründung der Theologie des Gekreuzigten im Streit zwischen Theismus und Atheismus,1977)、『カール・バルト研究』(Barth-Studien,1982)等がある。

また、日本からドイツに留学しブルトマンのもとで学んだ川端純四郎氏(元東北学院大学教員:宗教哲学)はカール・バルトの神学、教義学との関連で次のように論じている。それは、ブルトマンがその後継者たちとは違い、教会の宣教に責任を持って関わることを望み、教義学との対話を求め、バルトはそれに応じたが、ブルトマンの方法論を批判し、日本では教義学者が現代の聖書学者との対論を望んでいないように思える、ということである(3)特に川端氏は自らが属する日本で最大のプロテスタントの教派である日本基督教団の数十年来の問題に関わった教義学者があまりいないことに失望している(同書、19頁)。(4)しかしながら、ブルトマンが、かつて教会の敬虔な一信徒であったということもあってであろうが、この点に関しては日本の教会がドイツの教会の現状と異なることと、そもそも神学者の教会との関わりが限られているものであることを指摘しなければならない。神学は、あくまでも教会で行なわれ、教会のために存在するわけであるが、神学者が実際に教会に関わるとなると、神学者はまず一信徒であるゆえに、牧会を持って教会形成や礼拝説教を必ずしも担当するものではないことや日本基督教団の問題に関しても、様々な立場があることを認めながらも問題に取り組むと言うのであるならば、神学者が行なうことは教団問題についての提言や教団問題に関しての社会的行動等に限られることになるということである。特に教義学者であるならば、いくつかの立場があり、有意義な部分もあると思われるが、同時に、教義学の伝統的な部分を聖書学者の意見によって新しく構築し直さなければならなくなった場合、伝統的なキリスト教信仰、教義学それ自体が問われることとなる。(5)教団問題に関する神学論争でも同じく限界があろう。

もっとも、バルトもブルトマンも教会のことを考え、ドイツ教会闘争には深く関わっており、川端氏自身も教会の信徒であり、教団問題、また特に社会問題に深く関わっていることは確かである。それゆえ、ここでは、おそらく第2次世界大戦中の日本基督教団のあり方との関連で問いが発せられていると考えることができるのではないだろうか。

 同時に、川端氏は最近の神学の影響もあって、ブルトマンの限界も指摘しており、「ブルトマンは『非神話化』について、聖書の記者たちが持っている当時の神話的世界像(例:天上、地上、地下)を解釈によって、そこから聖書的使信を読みとろうとしたが、それは自然像に限定されており、そこにある歴史や社会構造(例:古代地中海世界の父権的奴隷制社会)に関する社会通念についてブルトマンは無反省である。社会通念の枠を打ち破って人と出会う神の自由な働きがあるはずであるが、ブルトマンは聖書的使信の内容を『実存理解』としており、そのことによって聖書の読みを抽象的なものとしてしまっている。」としている。(6)

 ブルトマンはハイデッガー哲学の『前理解』を用いて聖書解釈を試み、カール・バルトはブルトマンが聖書解釈に際してハイデッガー哲学を用いていること、特に『前理解』に対して疑義を挟んでいる。聖書を解釈するにあたって、人が自らそれまでに学習し、経験した事柄が反映されるのは当然であろうし、それは個々人によって異なるものである。すべての人間に『前理解』があることは承認されなければならないが、カール・バルトが言うように、そうであったとしても、神は人間に語りかける自由な存在であり、そのことに関しては『前理解』がどのようなものであるかは問題とはならないことも確かである。

同時に、聖書の舞台と現代人の違い、共通点を見出すこと、聖書の中に差別的なものがあることや聖書が人間的限界を持つ書物であり、同時に、その中に登場する神が本質的にどのようなお方であるかということを理解することは必要なことである。そういった意味ではブルトマンとその後継者たちの行なった作業も重要なものである。

現代の日本の教会において聖書学の成果がどのような位置づけにあるのかは、教会によって、神学者によって様々であり、かなり異なるものであるので一概には言えないが、日本基督教団の場合、ここ数年、右傾的なものを主流にしようとしている動きが一部にあることは否めないであろう。そのことに関して必ずしも現代の教義学者や聖書学者を含む神学者に原因があるとは言えないであろう。しかし、いずれにせよ神学が実践に結びついていくものであるにもかかわらず、限界のある人間の行なう作業であるゆえに、ともすれば抽象的思弁に陥りかねないものとなることも確かである。

ブルトマンとカール・バルトの与えた影響は未だに重要なものであり、その弟子たちだけでなく、多くの者に継承されているわけであるが、一方で、神学の影響を受けるということはどういうことかを考えさせられる。それは、たとえば、ブルトマンとバルトでは、神学的方法論が全く異なり、その継承者がその二つを結び付けようとすると、矛盾が生じる、あるいは、その矛盾点を克服しようとするということ、さらに、その継承者が師からすべてを継承しているとは限らないこと等があるということである。もう一方で、ある目的のために異なる考えを持つ者同士が共闘するということもあるであろう。ユンゲルの場合は前者であり、川端氏の場合は後者に重点が置かれているようである。

また、ブルトマンとバルトのことについて考える際に、ブルトマンとバルトとでは影響を受けたものが異なるものであることを念頭に置く必要があるのかもしれない。たとえば、二人とも神学者ヘルマンやハルナック、またキルケゴールから影響を受けているが、ブルトマンはハイデッガーから、バルトは宗教社会主義からの影響も強い。またブルトマンはドイツのルター派で、新約聖書学者(彼は最初から学者になろうとしていた。またブルトマンは歴史学者であるという意見もある。その説教は優れているとも言われる)であるのに対して、バルトはスイスのカルヴァン派で、教義学者(バルトは最初、教会の牧師であった。バルトの説教も優れていると言われている)であるということも関係しているのであろう。ちなみにカール・バルトはブルトマンの神学を人間学的であるとして批判しながらも、ブルトマンとその学派を尊敬しており、いつも自らの念頭にあったと語っている。(7)

 

 

 

〈参考文献〉

 

・カール・バルト著、井上良雄訳『カール・バルト教会教義学 和解論T/1』新教出版社.1986年(第1版第7刷)。Die Kirchliche Dogmatik.W.Bd.,Die Lehre von Versöhnung.TeilW/1). Zürich,1953

・ゲアハルト・エーベリング著、飯 峯明訳『キリスト教信仰の本質』、新教出版社、1983年〈第2版〉。Das Wesen des christlicen    Glaubens5.Aufl., Tübingen,1963

・ペーター・シュトゥールマッハー著、斎藤忠資訳『新約聖書解釈学』日本基督教団出版局、1984年。Vom Verstehen des Neuen Teatament, Göttingen,1979

雨宮栄一・村上 伸編『教義学とは何か』日本基督教団出版局、1987年〈初版〉。

笠井恵二著『人と思想46 ブルトマン』、清水書院、1991年〈第1刷〉。 

荒井 献・小川圭治著「聖書学と教義学との対話 荒井献氏の『問いかけるイエス』をめぐって」『福音と世界 1994年11月号』、新教出版社、1994年、8‐26頁

・川端純四郎著「問いとしてのブルトマン シリーズ20世紀神学の総決算8『福音と世界 2000年10月号』、新教出版社、2000年、18‐23頁。

・熊澤義宣著「ブルトマン,ルードルフ・カール」高森昭著「エーベリング,ゲーアハルト」宮村重徳著「ユンゲル,エーバハルト」『キリスト教人名辞典』、日本基督教団出版局、1986年〈初版〉。

熊澤義宣著「ブルトマン」『新約聖書神学事典』、教文館、1991年〈初版〉。

・中川秀恭著「ブルトマン」『キリスト教大事典』、教文館、1991年改訂新版〈第10版〉。

・高森 昭著「現代ドイツ神学」中川秀恭著「ブルトマン」川端純四郎著「ブルトマン学派」近藤勝彦著「ユンゲル」『キリスト教組織神学事典』、教文館、1992年〈第版〉。

・「ブルトマンルードルフ現代キリスト教神学思想事典』、新教出版社、2001〉。

Gareth JonesBultmann,RudolfinAlister E.McGrath (ed.),The Blackwell Encyclopedia of Modern Christian Thought, Blackwell Publishers,1993

・大貫隆著「ブルトマン」寺園喜基著「ユンゲル」『岩波哲学・思想事典』、岩波書店、1998年。

・八木誠一著「ブルトマン」『CD-ROM版 世界大百科事典・年鑑・便覧』、日立デジタル平凡社、1998-2000年〈第2版〉。

・竹原創一著「エベリング」『岩波キリスト教辞典』、岩波書店、2002年〈第1刷〉。



(1)   ゲアハルト・エーベリング著、飯 峯明訳『キリスト教信仰の本質』、1983年〈第2版〉、164、165頁。

(2)   ペーター・シュトゥールマッハー著、斎藤忠資訳『新約聖書解釈学』、1984年、310頁。

(3)   川端純四郎著「問いとしてのブルトマン シリーズ20世紀神学の総決算8」『福音と世界 2000年10月号』、2000年、18、19頁

(4)   同書、19頁。

(5)   聖書学者と教義学者の対話としては、たとえば、荒井献氏と小川圭治氏の対談「聖書学と教義学との対話 荒井献氏の『問いかけるイエス』をめぐって」『福音と世界 1994年11月号』、1994年、8‐26頁がある。

(6)   同書、21‐23頁。

(7)   カール・バルト著、井上良雄訳『教会教義学和解論T/1』、1959年、4頁。