「会衆派教会(組合教会の源流)」について   2002年 川上純平

 

 

会衆派教会(Congregational Church)の語源はラテン語の“congregationes”「共に集まれるもの」にあります。そして、「会衆派」という言葉にはイエス・キリストの名において集まる群れの中にはイエス・キリストがいて、集まった一人一人の思想と行動を導き、生きたイエス・キリストがおられるということがそれぞれの各教会を政治的に独立させるという意味があります。それゆえに、会衆派教会の特色は各個教会の独立自治なのです。

この会衆派の伝統の歴史的起源はイギリスの宗教改革にあります。1517年10月31日にドイツで、マルティン・ルターによる宗教改革が行なわれました。その影響を受けてイギリスでも宗教改革が起こりました。それはイギリスの司祭ロバート・ブラウンらによる分離派改革運動と呼ばれるもので、彼らはエリザベス1世の宗教改革を徹底していないものとして英国国教会を批判し、真の教会は自覚的に悔い改めてキリスト者の生活をなす人により構成されること、教会は王権ではなく、教会自身の手のみによって改革されなければならず、国家から独立してなければならないことを主張し、それにより弾圧され、抵抗し、信仰の自由を求めてアメリカに渡りました。そして、1620年、アメリカに渡った人々はピューリタン、ピルグリム・ファーザーズと呼ばれる人々で、会衆派教会は、アメリカの植民地時代のこれらの人々の教派となりました。

 この会衆派教会は、ニューイングランドの支配的な教会となり、アメリカの政治、社会の思想や制度組織への影響が大きく、いわゆるピューリタン神権政治の中核であり、神学教育のみならず、一般教育にも関心が深く、ハーバード、イェール、スミス、アマースト(新島 襄の学んだ大学)、オベリンなど多くの大学を設立しました。神学的には特にスイスの宗教改革者であったカルヴァンの影響が強かったのですが、民主的な会衆主義のゆえにリベラルな傾向を持ち、人道主義的な思想や運動と結びつきやすいものとなりました。いち早く奴隷制度に反対し、南北戦争の後、南部に黒人のための大学を設立し、現在でも、人権問題に積極的に取り組んでいます。また外国伝道と教育に熱心で、北米最初の超教派的な外国伝道団体アメリカン・ボードを設立しました。そして、仏教勢力の根強い京都の地に同志社を創立した新島 襄を助けたのは、この教派でした。この教派から日本の会衆派教会である「組合教会」が生まれました。日本の会衆派教会(組合教会)は、現在、日本キリスト教団に属しています。長老派、メソジスト派、その他の教派と日本の会衆派教会である日本組合基督教会によって成立した日本キリスト教団に所属する牧師たちに同志社の神学部を卒業した牧師が多い理由はここにあります。

 会衆派教会は、各個教会こそが、教会の基本的・本質的要素を担っているという確信に基づく教会制度をとっている教派で、イエス・キリストへの信仰において各個教会と契約関係(covenanted)で集まっている人々から成り立っています。個々の教会は、いかなる信仰的・世俗的権威からも自由に、ただ聖霊の力によって、信仰と生活の規範を定め、実践するもので、それは、原始キリスト教会が実践し、新約聖書に証されている教会制度であるという自己理解によるものです。宗教改革の伝統の流れに属していますが、徹底的に聖書を重視(聖書の内的証示、聖書の中の教会制度を重視、救済史的・予型論的解釈)することから、いかなる教会的・教理的信条にも拘束されない自由を尊重します。   

 

 

 

参考文献:『キリスト教大事典 改訂新版』教文館 1991年(改訂新版第10版)

     『新キリスト教辞典』いのちのことば社 1991年(第1版) 

     『岩波キリスト教辞典』岩波書店 2002年 

     遠藤周作編著『キリスト教の事典』三省堂 1989年

     八木谷涼子『知って役立つキリスト教大研究』新潮社 2002年

     『AERA MOOK キリスト教がわかる』朝日新聞社 2002年

     『CD-ROM版 世界大百科事典・年鑑・便覧』日立デジタル平凡社 1998−2000年(第2版)

     野本真也『「同信伝道会の使命」(教会と同志社神学部の連帯強化のために)』2002年関東同信伝道会における

     講演レジュメ 2002年


※この文章は筆者が2000年から2002年にかけて副牧師をしていた日本基督教団緑野教会のホームページに載せていたものです。

※「会衆派教会及び組合教会」の歴史について詳しく知りたい方はこちらをご覧下さい。