「ディートリッヒ・ボンヘッファーの思想‐特にカール・バルトとの関連で」  

 

川上純平

改訂版 2008年5月13日

(初版 2007年8月15日)

 

第1章 ボンヘッファー神学の一貫性

 

ディートリッヒ・ボンヘッファーの彼自身の生涯をかけての神学思想は神学者カール・バルトによって基礎を据えられた神学の方法論である「キリスト論的集中」によるものであったが、ボンヘッファーはバルトとは異なる神学を形成するに至った、とされる。

その中で彼にとって最も重要な関心事は「キリスト論」であり、同時に「教会論」であった。また、ボンヘッファーは彼がその生涯において記したそれぞれの著作において、教会を「教会として実存するキリスト」であるとし、イエス・キリストが教会の頭であり、世界の主でもあり、教会は他者のために存在するものとしている。この「キリスト論」と「教会論」は密接に関連しており、それらは一貫したものであった。

さらにイエス・キリストを主と告白するということは、この世の悪に対する抵抗につながり、抵抗することが、この世においてイエス・キリストに対して信仰告白をすることにつながることを、身をもって証しようとした。ボンヘッファーは現実に存在するイエス・キリストによって彼自身が生かされていた、という意味でも一貫していたと言えるであろう。(1)彼の思想と生涯を要約すれば、それは「キリストの現実の具体化」と言うことができるかもしれない。(2)

そもそもボンヘッファーは、19世紀後半から20世紀初頭にドイツで隆盛を極めていた、いわゆる近代の神学及び哲学の影響を強く受けている。神学に関して言えば、フリードリッヒ・ダニエル・エルンスト・シュライエルマッハー(1768−1834)を土台とする近代ドイツの「自由主義神学」(聖書や教会の教理を客観的に主張するところから生ずる強制や抑圧に対し、人間の主体的な活動の意義と余地とを認める神学で、たとえば、人間の理性に重点が置かれ、イエス・キリストの神性が否定され、神は人間の心の中におられるとされる等の特徴がある)と呼ばれる立場の神学者たちからの影響が強い。それゆえ、本論文では、あまり触れていないが、ボンヘッファーと近代ドイツの自由主義神学との関係に

ついて考察することも重要なものであるのかもしれない。(3)

そして、そうであるにもかかわらず、カール・バルトとの出会いによってボンヘッファーの思想は彼が大学の講義を通して学んだだけのものとは異なるものとなっていった。

ボンヘッファーは、バルトから強い影響を受けると同時に、バルト批判も行なっていくこととなった。しかし、バルトもボンヘッファーを高く評価しつつ、同時に批判を行なっている。

 

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(1)   ボンヘッファー神学と彼の生き方の一貫性、彼の「教会論」と「キリスト論」との関連については、以下の著作物及び論文の該当箇所をも参照のこと:野善右衛門著、「抵抗と献身 ‐ディートリッヒ・ボンヘッファーの生涯に学ぶ」『希望に生きる キリスト入門』1988 年、184頁(以下『入門』)と略す。Fischer,Hermann.,Systematische Theologie.Grundkurs Theologie,Band 6.1992,S.179.寺園喜基「ボンヘッファーのキリスト論」『途上のキリスト論 「バルト=ボンヘッファー」の今日的意味』1999年(第1版)、141頁。またエーバハルト・ベートゲ著『ボンヘッファー伝 1』村上 伸訳、1973年(初版)、264、265頁。(以下『伝記 1』)と略す。村上 伸著「ディートリッヒ・ボンヘッファー 人と思想92」1991年、91頁他(以下『思想』)と略す。森野善右衛門著、「ボンヘッファーにおける告白と抵抗」『告白と抵抗 ボンヘッファーの十字架の神学』、2005年、59頁(この箇所において、ボンヘッファーがナチスに抵抗することによって、この世に対する信仰告白となる道を最後まで歩んだという旨の言葉が書かれているが、それはこの世を信じたということではなく、この世に向かってイエス・キリストに対する信仰告白を行なったという意味で理解するのが適切であろう)。森野善右衛門著、「キリストの形成るまで ‐ボンヘッファーの教会理解と今日の課題」『告白と抵抗 ボンヘッファーの十字架の神学』、2005年、96‐99頁。(以下『キリストの形』)と略す。

ちなみにエルンスト・ファイル氏はその著書『ボンヘッファーの神学 解釈学・キリスト論・この世理解』日本ボンヘッファー研究会訳、2001年(第1版)の日本語版への序文で「『キリストと成人した世界』‐これが、ボンヘッファーの生涯と神学を決定したテーマである。ボンヘッファーは、どのようにしてキリストが無宗教者の主となりうるのかという問いに取り組んできた。」と語っている。この言葉は『獄中書簡』でボンヘッファーが語った言葉である(以下『神学』)と略す。ボンヘッファー自身の言葉は『ボンヘッファー選集X 抵抗と信従 獄中からの手紙・詩・随想』倉松 功、森 平太訳、1972年(第6版)、188頁に記されている(以下『書簡』)と略す。

(2)  『キリストの形』126頁。

(3)  このことについては、たとえば『神学』192‐200、285、286、314、334、335、365頁参照。『書簡』230、232、270頁他も参照。