「ディートリッヒ・ボンヘッファーの思想‐特にカール・バルトとの関連で」  

 

川上純平

改訂版 2008年5月13日

(初版 2007年8月15日)

 

第3章 ボンヘッファー神学の遺産と影響

 

(1)ボンヘッファーと平和

 

ボンヘッファー神学が後の時代に残した遺産と与えた影響としては数多くのものがあるが、ここでは既に紹介したもの以外のものとして、まず「平和」について述べてみたい。1934年にボンヘッファーは小説教において「平和」とは「神の平和の戒め」であり、ヒューマニズムによってではなく、イエス・キリストにおいて、キリストの教会を土台として存在するものであるとしている。さらに、ボンヘッファーによれば、「平和」の呼びかけは「世界教会会議」が行なうものであった。(26)しかし、このボンヘッファーの思想は、戦時中は生かされず、戦後の教会において初めて生かされたのである。

そもそもボンヘッファーは「平和主義者」ではなく、神の戒めに服従する者として生きたにすぎない。特にボンヘッファーの場合は、ヒトラー暗殺という、これから自らが行なおうとする「罪責」を担うということがキリストの戒めに従うことであるとも考えられていたのだった。(27)もちろん、聖書解釈はボンヘッファーの解釈だけが全てではない。同時に、このことは我々がイエスの言葉にどう従うかということを考えさせるものとなっている。「キリスト者は未来の子である」というボンヘッファーの言葉と共に聖書の言葉にいかに従うかは現代に生きる我々の将来、「平和」について考える上でも重要なことである。

 

(2)信仰告白と罪責告白

 

ボンヘッファーは「信仰告白と罪責告白」をキリスト者の集まりである教会としての具体的な状況に対する実践との関係で重要視しており、その思想は後に影響を与えている。

そもそも、ボンヘッファーは1930年に出版された『聖徒の交わり』において既に罪責告白について述べている。「個々のドイツ人・個々のキリスト者の罪責が存在するだけでなく、またドイツの罪責、教会の罪責というものが存在する。この場合には、個々のざんげと義認とは助けにはならず、ドイツと教会とがざんげをなし、義認を経験しなければならない。」(28)

さらに、ボンヘッファーはナチス・ドイツの政策に従ったドイツ・キリスト者たちが、イエス・キリストに従ってないゆえに、彼らが1935年のデンマークで行われた「信仰と職制会議」(「世界教会」)に出席することに対して批判を行なった。ドイツ・キリスト者たちはイエス・キリストの教会ではないとして、イエス・キリストの教会である「告白教会」が共に出席することを拒絶したのである。(29)

しかしながら、ここで注意しなければならないのは、ボンヘッファーは単なる信仰の一致を望んで批判を行なったわけではなく、ドイツ・キリスト者たちがナチスの暴虐、ユダヤ人迫害を支持しているということ、つまり、イエス・キリストを信じることの具体化が欠けているということのゆえに批判を行なったということである。

さらにボンヘッファーは第二次世界大戦中に執筆された『倫理』において実際にユダヤ人迫害に対して防ぐことも止めることもできなかったに等しいドイツの教会の「罪責告白」を行なっている。(30)また、同じ箇所でボンヘッファーが述べているように、当時、ナチス・ドイツは明らかにイエス・キリストの教会に反対して政策を行なっているのであり、教会がイエス・キリストの教会であるなら、それに従っていないはずであるにもかかわらず、イエス・キリストの教会であるべき多くの教会は、それに従ってしまった。それゆえに、「罪責告白」は必要なのである。(31)

実際、戦後の西ドイツの教会の罪責告白である「シュトゥットガルト罪責宣言」にボンヘッファーは影響を与え、日本においても、いくつかの教派の戦責告白や罪責告白に影響を与えており、1967年の日本キリスト教団の罪責告白とも言える第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白戦責告白)」は明らかにボンヘッファーの影響を受けている。さらに、ここ数年の間、日本キリスト教団の幾つかの教区が「第二信仰告白」作成や「罪責告白」作成を検討し、既に関東教区では2013年に「戦責告白」の不十分さを指摘し、「関東教区『日本基督教団罪責告白』」を作成している。そこにボンヘッファーの影響があることは言うまでもない。

 

(3)『獄中書簡』の他の神学概念からの影響

 

先に述べたようにボンヘッファーが残した神学的遺産としては他にも『獄中書簡』を含めた著作物・発言・行動等に数多く存在し、それらが影響を与えているわけであるが、他にも重要な神学的概念として、神の苦しみにあずかるという「苦難の僕」の概念があり、また『獄中書簡』の神学概念がブルトマンの「非神話論化」との関連で研究された。さらに「世俗化論」「神の死の神学」、さらに「解放の神学」「民衆の神学」にも『獄中書簡』の神学概念が大きな影響を与えている。

そして、「キリスト者としての生活」(32)「エキュメニカル運動」「天皇制批判」「靖国神社参拝批判」に加えて、「説教と牧会」を含めた「教職論」「ユダヤ人問題と旧約聖書」など組織神学の部門だけでなく実践神学などの他の神学部門と世界の教会に、そして他の学問との関連においても、学問以外の分野にも大きな影響を与えた。

 

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(26) 『平和倫理』130‐136頁。ディートリッヒ・ボンヘッファー著、「世界連盟の運動の神学的基礎づけへの試み」「教会と世界の諸民族」『告白教会』7‐28頁、121−126頁。

(27) 『平和倫理』138‐142頁。ちなみにファイル氏もボンヘッファーの平和倫理を重要なものとしている。『神学』380頁。

(28) 『聖徒の交わり』88頁。

(29)    森野善右衛門著、「ボンヘッファーと世界教会運動」『ディートリッヒ・ボンヘッファー キリスト・教会・世界』、2004年、164‐167頁。

(30)  『倫理』71‐73頁。

(31)   ファイル氏は、ボンヘッファーにとって罪責告白は救いへの道を開く赦しの前提であったとしている。『神学』276頁。『倫理』69、74‐76頁。

(32)  森野善右衛門氏は、ボンヘッファー神学における「教会の霊性とこの世性」をイエス・キリストによって召されていること、イエス・キリストの受肉との関係で述べているが、その中で、それを日常的な世界を生き抜く教会・キリスト者のあり方として語っている。森野善右衛門著、「教会の霊性とこの世性 D・ボンヘッファーに即して」『ボンヘッファー研究 NO.24』、2008年、8−18頁。