論文「教会とこの世 −特にボンヘッファーの神学との関連で見えてきたもの」川上純平
初 版:2007/ 7/19
改訂第一版:2017/11/13
序
1.聖書における「この世」理解
2.教会史における「この世」理解
3.ボンヘッファーにおける「この世」理解
a.前提
b.ボンヘッファーにおける「教会とこの世」についての理解の概要
c.日本とドイツの教会の決定的な違い
d.神を神とする教会が世と連帯すること、教会が世と異なることの重要性
4.現代において −問題点は克服できるのか。
結論
参考文献目録
序
キリスト者にとっての「この世」は、特に「キリスト教会(以下「教会」と略す)」との関連で考えた場合、一般的に言う意味での「この世」とは異なるものとなる。なぜなら、キリスト者にとって「この世」は、神によって造られたものであり、神の支配のもとにあるからだ。キリスト者にとって、この世は、宣教の対象であり、神の救いが現われる所でもあるゆえに、キリスト者の「この世」での生き方は大変重要なものである。それは、ちょうどイエス・キリストが「この世」において生き、宣教をし、奇跡を行なわれたようにである。
同時に、キリスト者にとって「この世」は、多くの場合、「教会」ではないもの、罪の中にあるもの、誘惑が多いものとされる。特に現代日本のような社会において、聖書に従って生きるなら、キリスト者は大変生きにくいであろう。それはこの世が、他の国ならまだしも、日本社会がキリスト者を迫害するわけではないが、キリスト者の生活や価値観とは合わない部分が非常に多いからである。
一方で、キリスト教は歴史の中で様々な面において社会や文化等に非常に良い影響も与え、同時に迫害され、戦争や差別に利用されたり、あるいは、加担したりする、逆にそれに反対するということもあったのである。
本論文では、「教会とこの世」は、どのような関係にあるものなのか、また、あるべきなのか、それらについて、特にディートリッヒ・ボンヘッファーの神学との関連で見えてきたものを中心にして以下に述べてみたい。
1.聖書における「この世」理解
新約聖書において「世」を意味する言葉としてギリシア語の「κοσμος(コスモス)」と「αίων(アイオーン)」という言葉があるが、まず先に、「コスモス」について述べてみたい。
これは、そもそも、古代ギリシア哲学の言葉で、調和のとれた秩序整然とした永遠の世界という意味を持っていた言葉で、「宇宙」「天地」という意味も持っている言葉である。
しかし、旧約聖書においては、「コスモス」に該当する言葉はなく、「世」「世界」と訳された言葉は、神によって造られ、神のものである「天と地」を意味する。
このように旧約聖書においては、「この世」という概念があまり述べられていない。それゆえに、「この世」「世界」ということを考える際、さらに旧約聖書における「国家」という面を見なければならないのかもしれない。
旧約聖書において「国家」は、そもそもは神ヤハウェの民、「イスラエル」であり、それは、「国家」とは別に様々な特権と責任を有している「神の救いの歴史」という信仰理解を持ったものであった。同時に、国家の王は神の言葉に聴き従わなければならないものとされ、それに聴き従わなかったゆえに、国家が危機に瀕したとされるが、それと共に強力な王国を築くメシア待望はイエスをメシアと見ることにも影響を与えたのであった。もちろん、イスラエルの民を救ったのは神ヤハウェであるということが旧約聖書の土台となっている。また旧約聖書のイスラエルの民が国家を経験したことは後のキリスト教の歴史に大きな影響を与えた。
また、ユダヤ教においては、「この世」「世界」は後にギリシア的な影響を受けつつも、一定のものではなく、様々な考え方が存在し、たとえば、来るべき世における審判が強調されるゆえに否定的・悲観的なものであり、一方では「創造」に強調点が置かれているために、肯定的・楽観的なものであったりする。
新約聖書において「コスモス」は、わずかに後期プラトン哲学の二元論的世界観への言及が見られるが、積極的に哲学的なものやギリシア的宇宙観を意味することはなく、神によって造られた世界全体を意味する。1)また、これが「被造物全体」(神によって造られたもの全て、自然界における全てのもの)を意味する場合、特徴として@「世の終わり」「世の初め」といったように長さが限られていることA「過ぎ去る世」というような過去があることB旧約聖書に根ざしているゆえに、思弁的ではないということがある。
イエスは「イスラエル」に関しては、旧約聖書の考え方を引き継いでおり、特別な神の民と考えていたようであるが、使徒言行録においては歴史的なイスラエルと教会とが連続性のあるものとして述べられている。
パウロにおいては、人類全体が「コスモス」と同じであり、人間が罪と悪に染まっているために「コスモス」も滅び行く世であり、それゆえに、また救われなければならないもの、神との和解を必要とするもの、神の愛の対象となるものである。
彼によれば、イエス・キリストの救いにあずかりつつある人間は、もはや「この世」ではなく、「来るべき世」「新しい天地」「神の国」に属するゆえに、この世と妥協してはならない(ローマの信徒への手紙12章2節,コリントの信徒への手紙T7章31節)。
ヨハネによる福音書では、神がイエス・キリストを「この世の光」として、この世に遣わされた。それが神の愛ゆえであり、この世の救いのためであったが、世はイエス・キリストを知らず、しかも憎んだ。しかし、イエス・キリストは世に勝ったとされている。
また、ヨハネによる福音書で「コスモス」はイエス・キリストとその弟子たちの敵対者であり、神と「コスモス」の対立が描写されている。ヨハネによる福音書は、ユダヤ教とヨハネの教会との対立の中で書かれたものであることから、「コスモス」は、ユダヤ人を意味するとも言われている。
特にヨハネによる福音書16章はイエス・キリストの十字架にかかる前の告別説教と呼ばれるもの一部であるが、16章25〜33節では、復活後のことが語られている。
イエス・キリストの受難、十字架も敗北ではなく、神の不変の栄光が表わされたものであり、それゆえ、イエス・キリストが天に帰ることは勝利の凱旋とされる。
新共同訳聖書を含む多くの日本語訳聖書で、33節の「勇気を出しなさい」と訳されている言葉は、ギリシア語で「θαρσεω(サルセオー)」言うが、この言葉は「勇気を出す」の他に「元気でいる」「しっかりする」「喜ぶ」という意味を持っており、NTD新約聖書註解では「安心しなさい」という訳になっている。2)
ヨハネによる福音書は、当時のヨハネの教会の状況が反映しているが、そこには、この世からの分離・この世との緊張が描写されており、また「キリスト論」と「終末論」が色濃く関係していると言われている。
新約聖書における「この世」理解については「終末論」が関係している。それは旧約聖書に起源を持つものであり、歴史に終りがあるというものであるが、それは過去を振り返りつつ、考えられるものであり、神の裁きが今、行なわれ、「主の日」が到来し、イスラエルが救われ、回復されるというものである。
新約聖書においては、終末の時にイエス・キリストによる救いが完成されるのであるが、今既にそのことは始まっているゆえに、既にもう神の国が訪れているものとして生き、救いが完成される終末を待ち望むものである(マルコによる福音書1章14、15節、コリントの信徒への手紙T15章51、52節、フィリピの信徒への手紙3章20‐21節)。
次に「αίων(アイオーン)」について述べてみたい。しばしば、誤解されることであるが、「αίων(アイオーン)」は、そもそもは「時」を表わす言葉であるゆえ、「時代」という意味での「世」という訳があてられている。「世界」「この世」という意味での「世」を表わす言葉ではないので、ここではあえて採り上げないことにしたいのだが、ただパウロは「時代」という意味と「世界」という意味と二つの意味で、この言葉を使っている。
彼は、イエス・キリストが神と人間との和解という新しいものによって今の時代である「世」に終わりをもたらせたとしている(コリントの信徒への手紙T10章11節、コリントの信徒への手紙U5章17節)。しかし、未だに「この世」は悪の中にあり、そのような力があっても、苦難と罪に苦しみつつ、救いの完成を望み、同時にイエス・キリストによる新しい生き方が求められている(ガラテヤ1章4節、コリントの信徒への手紙U4章4節、フィリピの信徒への手紙3章10‐11節、コリントの信徒への手紙T4章10‐13節、ローマの信徒への手紙12章2節他)としている。
以上、新約聖書において「世」を意味する二つのギリシア語を中心にして述べたが、しかしながら、たとえば、概念としては述べられていないが、イエス・キリストの時代のパレスチナ社会も新約聖書における「この世」に含まれており、例えばイエス・キリストが当時のパレスチナ社会において律法によって差別された人々と共に生き、律法学者たちを批判した箇所も、イエス・キリストが「この世」をどう理解していたか、福音書著者の思想や当時の教会の状況との関連で、「この世」がどのように理解され、書かれたのかを考える上で重要なものとなると言えるであろう。新約聖書における教会については、たとえば、E・シュヴァイツァー著『新約聖書における教会像』(佐竹 明訳、2004年〈オンデマンド版〉新教出版社)が詳しいので、ここではあえて述べないが、以下に二つのことを記しておく。
パウロは特別な神の民としての「イスラエル」という概念を「教会」に適用し、教会を旧約聖書のイスラエルの民と連続性のある、神によって選ばれたものであり、特別な神の恵みを与えられているものとして考えているゆえに、イエス・キリストの名によって集められた、キリストの体であるその教会は罪の許しを与えられた、聖徒の交わりであり、特別な神の民なのである。
新約聖書において、教会が国家とどのような関係を持つものであるかに関しては、数箇所を除いてあまり語られていない。そのこともあって、新約聖書において教会がこの世と衝突する時、この世に迫害される時があったということは、福音書の著者がイエス・キリストに述べさせていることであり、初代教会の状況でもあったようである。(マタイによる福音書10章16‐23節、13章21節、24章9節。ヨハネによる福音書15章18‐25節他)
このように、聖書、特に新約聖書において、この世は、神が造られた世界であり、罪の中にあるが、同時に、神の愛の対象でもあり、その現われとして、この世に来られた神の子イエス・キリストによる救いにあずかるものとされるのである。
2.教会史における「この世」理解
教会史における「この世」理解について考える際には、キリスト教の歴史において教会がどのようなものであったのかということとの関連で考えることが適切であると思われる。
新約聖書時代に原始キリスト教会が生まれ、キリスト教はパレスチナ地域から、現在のトルコ、ギリシア、イタリア方面へと伝えられ、異教と戦い、また迫害に遭うが、紀元4世紀にローマ皇帝によりローマ帝国の国教となる。
紀元5世紀頃、古代教会最大の神学者アウグスティスは『神の国』(de civitate
Dei)において、教会は、ある程度まで神の国と同じであり、キリストの王国、神の国の先鞭であり、ローマにおいて『聖別された場所』であり、教会の形成は神によって行なわれるものであり、教会が国家を支配することはないとし、ローマはサタンによってとらえられた頭であるとした。3)ここには、当時ゴート族によってローマが占領されたことの責任をキリスト教徒になすりつけようとしたという国家による迫害が実際にあったことも比喩的に我々に伝えている。
また、彼は地の国と神の国は対立しているが、最終的には、地の国が神によって存在性を与えられているゆえ、神の支配の下にあってその目的に仕え、教会をキリスト教の伝播に用いるようになる時、神の国が勝利すると考えた。彼の思想によってローマ・カトリック教会において、教会と地上の神の国が同一視されるようになった。
聖書自体の「この世」理解については前章で述べたが、そこで述べたように、教会が国家とどのような関係を持つものであるかに関しては新約聖書においては数箇所を除いてあまり語られておらず、そのこともあって教会が持つ、「この世」に対するキリスト教理解の曖昧性が存在したと同時に、旧約聖書の国家理解も影響を与えており、後々まで続く国家との関わりにおいて問題点を残すことになったことは言うまでもない。
特にヨーロッパにおける教会は中世に至るまで国家権力と深く結びつき、国家による教会への介入や干渉を認め、教会は時には皇帝以上の政治的権威を持つに至り、堕落し、16世紀、ドイツやスイスの宗教改革を経て、プロテスタント教会が成立し、個人の信仰心に深く基礎を持つようになった。しかしながら、後にルター派が「二王国論」によって教会と国家を異なるものとして区別したとしても、諸侯によってその領地内の教派が決められ、反する者は異端として処罰されたのであった。
スイスの宗教改革者ジャン・カルヴァンは『キリスト教綱要』の「教会論」の中で「教会と国家」の関係について、「国家に対するキリスト者の態度」について述べている。彼は教会と国家を神による二つの秩序とし、この世でのキリスト者の生活と行動を積極的に意味づけ、国家に対して責任を持って助言・警告する者であるとした。4)
近代になり、啓蒙主義、その他の思想の影響等によって、「信教の自由」が保障されるに至るまでは個人が宗教を選ぶということ自体が困難を極めた。また、カトリック教会を含めてキリスト者の倫理は教会史において変化している。それゆえに、20世紀に至るヨーロッパの歴史それ自体が「教会とこの世」に関する歴史そのものとも言える。
古来から「教会が世にあること、教会が何のために存在するのか」ということに加えてキリスト者の倫理は語られ、教会が教会であること、そのことの「しるし」、「指標」は何であるかということも考えられてきた。5)
しかしながら、「しるし」「指標」として「教会が世にあること」や「世のためにあること」が最初に提唱されたのは、かなり後になってからのことである。たとえば、ルター派正統主義において「戦える教会」としての「この世にある教会」が述べられ、6)また改革派正統主義の『ハイデルベルク信仰問答』において、「神の子イエス・キリストが自分のために選ばれた群れとしての教会を作った」とされ、またキリスト者の倫理的生活が述べられた、7)という形で存在したものは、「教会」の「指標」として「教会が世にあること」や「世のためにあること」を述べたものではなかった。それゆえに20世紀の神学者カール・バルトがそれを「教会」の「指標」として提唱した最初の人であった。8)
バルトはルター派の「二王国論」とは対称的に、教会と国家とを同じくキリストの王国に基礎付け、福音という共通の中心を持った二つの同心円であるとも考えた。それゆえ、教会と国家がキリストの支配の下にあるとされ、もし国家が悪魔的な姿をとるなら、教会は国家に神の言葉を語り促し、また教会が具体的な政治的行動をとるとする。そして、それはイエス・キリストに対する服従の行為でもあった。9)これらは、次の章で述べるディートリッヒ・ボンヘッファーの「この世」理解にも通ずるものがある。
いずれにしろ、教会史における「この世理解」は教会自身の教会理解に起因するものであると同時に、歴史の中の国家との関係に負う部分が多いゆえ、「教会とこの世」だけでなく「教会と国家」という枠組でも考えられたのである。
3.ボンヘッファーにおける「この世」理解
a.前提
ディートリッヒ・ボンヘッファーは20世紀における代表的な神学者の一人であり、彼が「この世」理解において興味深い発言をしているので以下にそれを述べてみたい。
ボンヘッファーが「他者のために存在する教会」について述べた『獄中書簡』を中心とする重要な発言に触れながら、このことについて考えてみたいが、それ以前に、ボンヘッファーが生きた時代・当時の状況、ボンヘッファーと教会に限界があったということ、また実際のボンヘッファーとボンヘッファーを理解するということとの間に差異があったということも最初に断っておきたい。
他の著作物は別としてボンヘッファーの『獄中書簡』に書かれてあることのいくつかは、未完成に終わっただけでなく、本質的にそもそも未完成、不十分なものである。キリスト者が置かれたその状況で理解するものなのであろうかという疑問が生じると同時に、そのまま形式的に受入れることが出来ないものであり、その必要もないものでもある。
当時のドイツの教会の多くは、ボンヘッファーが指摘しているように、ナチス・ドイツの教会であって、もはや、キリストの教会とは言えないようなものとなっていた。そのこととボンヘッファーが「キリスト論的集中」を基盤として神学を形成し、イエス・キリストがそうであったということのゆえに「他者のための教会」という言葉が現れたわけである。
それでは、次にボンヘッファーにおける「教会とこの世」についての理解として、日本とドイツの教会の決定的な違い、教会が神を神とすること、世と連帯すること、教会が世と異なることの重要性を中心として述べてみたい。同時に、ボンヘッファーの教会論とは異なる教会論についても述べることになろう。
b.ボンヘッファーにおける「教会とこの世」についての理解の概要
ボンヘッファーが活躍した時代、当時、彼が置かれた状況においてナチス・ドイツによる戦争と「ユダヤ人迫害」を中心とした「ユダヤ人問題」があったわけであるが、もし、当時のルター派教会が(原因は「二王国論」に由来するのであるならば、それを克服し)、教会は戦争、平和問題、ユダヤ人について正しく考え行動するところであるという理解を持ち、かつ、そのように行動出来たのなら、また、そのことが教会の働きとして優先されたのなら、ボンヘッファーはヒトラー暗殺計画に参与しなかっただろうし、「他者のための教会」という概念を主張することもなかったであろう。同時に、そのような特殊な状況があったことのゆえに、ボンヘッファーが『服従』や『獄中書簡』で述べている教会観は全く問題がないとは言えないのではないであろうか。
ボンヘッファーの「教会とこの世」についての理解はエルンスト・ファイル氏によれば、一貫したものであるとされているが、しかし、本当にそうであろうか、という疑問が生ずる。10)
なぜなら、ある時期においては、この世に対して非常に否定的であり、例えば『服従』においては、神とこの世が対立したものとされ、11)キリスト者はこの世と敵対する者であり、12)『倫理』においてはキリストの和解の十字架についての宣教によって「キリスト教的なこと」と「この世的なこと」との間の分裂・緊張・抗争は克服されるとしているからである。13)また『獄中書簡』においては、「この世」に対して極めて積極的に描かれた「他者のための教会」が提唱されている。14)
結論的にボンヘッファーは、神、イエス・キリストがこの世を受入れたということに関しては、それはイエス・キリストによって全てのものが本質に到達すること、つまり、真のこの世性、自然性へと解放することが、イエス・キリストの支配の意味であり目標であるとする。15)またボンヘッファーにとっては、世界全体がキリストのものである。16)
教会とこの世との関係については、イエス・キリストが自分自身のためではなく、この世のために存在したように、教会はこの世に存在し神の言葉を語りつつ、この世のために奉仕を行なう。しかしながら、この世が神の言葉を拒絶する時に、キリストの国はこの世に由来するものではないことを知る。教会と国家の関係については、国家はキリストによって基礎づけられ、政治的権威を委任されているものであるが、国家は教会とは異なるものであるゆえ、教会の政治的介入あるいは抑制に関しては、その場合、状況によって異なるとしている。17)
c.日本とドイツの教会の決定的な違い
日本とドイツの教会には多くの違いがあるが、その決定的な違いについて言うなら、日本とドイツとでは、教派やキリスト教理解だけでなく、そもそも宗教的状況も異なる。それゆえにボンヘッファーの思想をそのままの形で日本の状況に当てはめることは出来ない。
日本においてキリスト教は国家によって国の宗教としては認められてはおらず、教会は極めて少数者の群れである。それだけでなく日本は「文化プロテスタンティズム」は、もちろん「宗教改革」も経験しておらず、教会は「領邦教会」ではなく、戦時中も「告白教会」ではなかった。
同時に「日本の民族的精神」という言葉で曖昧にされ誤魔化されている様々なアニミズム的な、あるいは神道的な「宗教的形態」と日本に古くからある仏教の習慣、儒教的要素は多くの日本人の生活の中に浸透している。さらに、冠婚葬祭における「無宗教」という形態、新興宗教、ヨーロッパとは異なる世俗化の中にあるのが日本の社会である。18)
一方で、ドイツの教会と共通するものとして日本のキリスト教会が第二次世界大戦中に犯した罪責と、その罪責を反省するものとしての戦後、例えば、日本基督教団が1967年にその戦争責任を告白した「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」のような形での「戦責告白」、日本基督教団関東教区が2013年に「戦責告白」の不十分さを指摘しつつ、作成した「関東教区『日本基督教団罪責告白』」のような形での「罪責告白」が存在する。19)またナチス・ドイツに賛成したドイツ・キリスト者と同じように、天皇制や国家神道に賛成した「日本的キリスト教」を始めとして、あえて戦争に賛成したキリスト教が存在したし、存在する。20)
さらに、少数であるかもしれないが、教会が様々な社会問題や差別問題を含んで社会に対して貢献し、取り組んでいるという点でもドイツと日本の、それぞれの教会は共通しているかもしれない。
このようなことも踏まえてボンヘッファーの「教会とこの世」理解を考えるなら、一筋縄ではいかないこともわかってくる。
ボンヘッファーが『獄中書簡』でどのような思想を考えていたかは、既に拙論「ディートリッヒ・ボンヘッファーの思想 ‐特にカール・バルトとの関連で」で述べたので、ここでは割愛するが、次に、ボンヘッファーの「教会とこの世」についての理解について、それを、神を神とする教会が世と連帯すること、教会が世と異なることの重要性との関連で述べてみたい。
d.神を神とする教会が世と連帯すること、教会が世と異なることの重要性
神を神とする教会が世と連帯すること、教会が世と異なることとは、言うまでもなく、教会とは何かということと、教会がこの世と関係を持つということに由来する。それは言い換えれば、そもそも教会は、この世とは異なるものでありつつ、この世に存在するものであり、決して教会はあの世や空想めいたパラダイス的な場所ではなく、また教会がそのような場所に存在するものではないことを意味する。
しかし、そうであるならば、ボンヘッファーが言う「他者のための教会」「この世のための教会」という言葉はどのような意味を持ってくるのであろうか。また、ボンヘッファーは教会がこの世と異なることに関して、どのように考えているのだろうか。
ボンヘッファーにとって、「この世」のためということは、ナチス・ドイツによる戦争の状況にあっては、戦争を止めることであり、ユダヤ人を含んで様々な人々に対する迫害があるという状況においては、特にユダヤ人のように迫害を受ける「弱者・少数者のため」ということがあったと考えられる。
そのようなことに関連する聖書箇所も存在する(創世記17章1‐8節、出エジプト記6章7節、出エジプト記22章20‐21節、申命記10章19節、イザヤ書2章4節、ミカ書4章3節、マタイによる福音書25章31‐46節、ルカによる福音書10章30‐37節、14章13‐14節、ローマの信徒への手紙12章9‐13節、エフェソの信徒への手紙2章22節、フィリピの信徒への手紙2章1‐8節他)
それゆえに現代に生きるキリスト者にとっては、それは聖書の神がお造りになった世界と人間のために生きること、つまり、平和を保持すること、環境破壊をなくすこと、人権問題に関わること、文化の発展に尽くすこと、災害援助に関わること等であろう。なぜなら、「この世」が聖書の神、イエス・キリストによって受入れられているということがあるからである。
そして、それゆえに、出来ることなら、避けたいものであるが、この世が良くない意味で大多数の声、また強大な権力、富と欲、争い、偶像崇拝に埋没しようとすることに対してキリスト者は批判的態度を取るということもある。同時に、それはいつの時代も教会にとって誘惑となったのである。
一方で、教会が聖書の、イエス・キリストの神を神とすること、「礼拝」を重んじるということがある。それは聖書において述べられていることである(出エジプト記20章2‐6節、レビ記23章3節、26章2節、申命記5章12‐15節、6章13節、マタイによる福音書4章10節、ヨハネによる福音書4章23‐24節、ローマの信徒への手紙12章1節、フィリピの信徒への手紙2章10‐11節他)。
先ほど述べたことと関係し、このことも教会が、他の諸宗教及び、それによる習慣の浸透している、この世と合わないことの理由の一つなのであろうが、教会はこの世において、ただ単に存在しているわけではないし、この世のために生きていくということは信仰的な関わりを抜きにしては出来ないことであるはずである。
教会は聖書の神を礼拝する民である。それゆえに、教会がこの世において、この世のために生きていくということは礼拝とは不可分離なものとなる。キリスト者にとっては、この世に関して教会理解を確かなものとして初めて可能である部分もあることを忘れてはならないだろう。
現在の日本の教会は主なる神の宣教の業に加わっている教会であり、この世の全ての人をイエス・キリストに連なる人として見、それによって、その人々を覚えて祈り、助け、救い、解放へと導くために、時には共に闘う教会である。
教会は、この地上において主なる神によって集められた共同体であるが、「集まる」ということにも理由、意味があり、同時に、ただ集まるだけで満足している状態であるということはないであろう。そして、状況によっては集まることさえ難しいということが教会の現状であるということもある。教会で礼拝に集められた後は、また再びこの世に派遣されていく。
それゆえ、ボンヘッファーの中では「他者のための教会」「この世のための教会」ということがしっかりと認識されていないということがあることも含めて、まずキリスト教会は神を「礼拝」することから全てを始めるということが必要なのではないだろうか。この世が主なる神によって祝福された世界であることを覚える必要があるのである。
主なる神を「礼拝」するというこのことには、神の前で自らが受入れられているということを自らが認める時には自己欺瞞や傲慢さ、権力欲等が失せるということも含まれているはずである。
また、主なる神を礼拝するということは、教会が自己保存的な教会になるという意味での「自己目的性」等とは何の関係もない。これは教会が教会の狭い枠の中に閉じこもろうとする自己保存的な方向に向かうということを意味するが、そのような自己保存的な教会は果たして存在するのであろうか。
ボンヘッファーが、ナチス・ドイツ支配下の教会の戦争やユダヤ人問題についてはナチス・ドイツが発する歪曲された情報のみを受け入れ、その問題にあまり積極的に関与していなかったことに対して批判的であったことは言うまでもない。しかし、それは確かに批判されるべきものであるが、これは「自己保存的」な教会、あるいは、教会の「自己目的性」として批判されるものなのであろうかという問題がある。というのは、それではボンヘッファーの教会批判は厳密にはどのようなものであったのかが不明瞭なものとなるからである。
これに関して倉松功氏は、教会の自己目的性はボンヘッファーの主張であるとしている。21)
確かにボンヘッファーは『倫理』において「イエス・キリストの意志によって行なわれる宣教の務め」という教会の自己目的性を述べている。22)
もし、仮にボンヘッファーの言う「宣教の務め」という教会の自己目的性がこの世の問題に深く関わるということを含んでいるのなら、問題は分かりやすくなるのだが、このことは明確ではない。また、もしそうであるとしても、それは、イエス・キリストの意志によって行なわれる宣教の務めであるゆえに、いわゆる「世俗化」ではないであろう。
このようにボンヘッファーにおける「教会とこの世」についての理解は、その状況が深く関連し、かつ、それは「キリスト論的集中」によって成立したものであり、同時に幾分、不十分かつ、不明な点を残している。しかし、それらが重要なものとして次の世代へと引き継がれていくのであった。
4.現代において −問題点は克服できるのか
現代において、「教会とこの世」について一概にまとめることは、かなり難しいものがあるのもしれない。なぜなら、現代社会は多様性に満ちており、複雑であるからである。
そこには、「教会とこの世」に関する普遍性と個別性が大いに関係しているであろう。「教会とこの世」に関する普遍性は、まず教会がどこにおいても同じ神を信じるという点で同じ教会であること(公同性)、イエス・キリストがこの世に存在したように、教会がこの世に存在するという点でイエス・キリストと教会が共通しているということである。同じように、この個別性は、場所・状況によって「教会とこの世」の関係・内容に異なるものがあるということである。それゆえに、この世との具体的な関わりというものは、個々の教会において異なるものであってもよい部分があるであろう。
またキリスト教の「終末論」との関係で考えることも大切である。かつての教会がそうであったように、現代のこの世の中にあって「神の国」の暫定的表示である教会は、神の国が訪れ、救いが完成される終末を待ち望みつつ、今、ここで実存的に生きる教会でもある。
さらに、現代の教会においては「ために」よりもむしろ、「共に」ということが提唱されることがある。それは、イエス・キリストがこの世のために生きたと解釈するのではなく、この世の人々と共に生きたと解釈するということ、イエス・キリストが単に一方的に上から下へ「罪の許し」という何か有難いものを差し出したということではなく、イエス・キリストが地上において人々のことを真剣に考え、喜び、悩み、苦しみを共に担ったという意味でその場に存在したと解釈することに由来している。これらは、戦後、盛んに行なわれた「史的イエス解釈」と大いに関係し、これにも様々な解釈があるが、そのように教会は存在するべきではないかということである。
実際、この世においてキリスト者として日本の教育、文化、政治、社会福祉、医療に、また差別の問題などにおいて活躍した「先達」たちが歴史上に存在することを忘れてはならない。例えば、明治時代、日本人でありながら、アメリカに留学し、アメリカン・ボードの宣教師として日本に帰国しキリスト教主義学校を設立した人として新島襄がいるが、その新島襄の弟子と影響を受けた人々、新島襄の建てた同志社大学出身のキリスト者にそのような人々が多い。また賀川豊彦、三浦綾子等も忘れてはならないであろう。
しかしながら、「教会とこの世」の関係から生ずる問題点、つまり、教会の行なうべきことを守るということとこの世一般の考え方との関係、あるいは、教会の行なうべきことを守るということの中に既にある「教会とこの世」との関係は、第4章で述べたことも関連して簡単には解決しないものである。しかし、それにもかかわらず、キリスト者は主なる神と共にあって、そのことに取り組んでいくべきではないであろうか。
たとえば、地域が災害にあった場合にキリスト教会を人々の避難所とするということや、ある地域の人々が参加しやすい礼拝を行なうということ、あるいは、地域のボランティア、社会福祉関係の人々と共同で何かを行なうということ、日本社会において共通した危機意識を持って政治や法律の問題、差別の問題に取り組んだりすることは一つの試みなのかもしれない。
結論
以上、聖書から始めて現代に至るまで「教会とこの世」について概観してきた。特にボンヘッファーにおける「この世」理解は我々に多くの事を気付かせたのではないであろうか。
キリスト者は、この世に存在し、教会もこの世に存在する。「なぜ、神は二つの世界、つまり、教会とこの世を造ったのか?」という問いに対して、「この世界は一人の神によって治められているゆえに、『教会とこの世』というように二つではなく、同じではないにもかかわらず、それらは一つである。」という答えもあるかもしれない。しかし、もし、「教会とこの世」の区別がないなら、教会がそこにあること、教会の存在の意味もない。それが、いわゆる「世俗化」の問題の一つでもある。
この世においてキリスト者には苦しみがあるかもしれないが、イエス・キリストが共に歩んで下さるということを信じる時に、それは希望のあるものとなり、安心感と生きる勇気、喜びが与えられる。
そして、神学者カール・バルトの場合は、この世においてイエス・キリストを中心にして、人々がイエス・キリストの枝として、その枝に連なっていくことを言っているが、それは、この世の人々がキリスト者になることを言っているわけではない。
同時に、キリスト者は、単純に「この世は教会ではないゆえに、イエス・キリストによる救いから離れている」と言うこともできない。むしろ、キリスト者、教会はイエス・キリストの光を世に伝えることが重要であり、その意味で「世の光」であり、隣人の問題を共に担っていくという意味で「地の塩」となるものである(マタイによる福音書5章13〜16節)
興味深いことに現代日本の社会の観点から見るなら、「この世」が「塩(イエス・キリストの福音)」をなくてはならないものとはしているかどうかは曖昧なのであろうし、キリスト者のように不可欠的に必要としているかどうかは疑問であろう。しかし、教会はそれを世にとって必要なものとしており、「塩気のない塩」はもはや意味のないものとされるであろう。
宗教改革者マルティン・ルターは『たとい明日が世の終わりであろうとも、わたしは今日りんごの木を植える』と言っているが、終わりの時、神の国は先ほど述べたように、救いの時であるゆえ、このようなルターの言葉は終末の一面のみを見ているに過ぎないということもできるかもしれないが、終わりが到来する時は、主なる神のみが知っており、その到来に対してキリスト者は何も力を加えることは出来ないかもしれないが、自己の中において神の国が来ているものとして、救いの完成の時に備えるという生き方は可能であるし、また最も望まれるということがそこには含まれているのである。
ボンヘッファーは、教会は「この世がこの世であること、すなわち、神によって愛され・和解を受けた世界であることを、この世に対して証しするために存在しているのである。」と語っている。23)
キリスト者にとっての、この世は、神によって造られたものであるゆえに、神の救いが現れる場所であると同時に、それは教会ではない。そして、教会はそうであってはいけないのであるが、しかし、誘惑と罪の中にある時があったであろうし、これからもあるかもしれない。キリスト者はイエス・キリストがイエス・キリストを信じる者と共にあるということから、イエス・キリストがそうであったように、終わりの時まで、愛をもって、この世と共に生きるものである。
〈参考文献目録〉
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・小原克博著『神のドラマトゥルギー 自然・宗教・歴史・身体を舞台として』教文館、2002年、202頁+6頁。
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・倉松 功、森 平太訳『ボンヘッファー選集X 抵抗と信従 獄中からの手紙・詩・随想』新教出版社.1972年(第6版)、351頁+10頁。Widerstand und Ergebung. Briefe und Aufzeichnungen aus der Haft.19519.1961,München.
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・倉松 功著「ルターとボンヘッファー」『東北学院大学キリスト教研究所紀要第8号 1990年3月』東北学院大学キリスト教研究所、1990年、61‐72頁。
・エルンスト・ファイル著、日本ボンヘッファー研究会訳、『ボンヘッファーの神学 解釈学・キリスト論・この世理解』新教出版社、2001年(第1版)、492頁+4頁。Die Theologie Dietrich
Bonhöffers Hermeneutik, Christologie, Weltverständnis. Gekürzte und revidierte
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・森野善右衛門著『ディートリッヒ・ボンヘッファー キリスト・教会・世界』福音企画印刷、2004年、241頁。
※この論文は、2005年2月10日に日本基督教団安中教会での聖書研究・祈祷会で筆者が話した内容のものにより多くの参考資料による加筆・訂正を行なったものです。
1) “κοσμος”の項、『ギリシア語新約聖書釈義事典U』1994年、368、369頁。
2) ジークフリート・シュルツ著、松田伊作訳『NTD新約聖書註解 4 ヨハネによる福音書 翻訳と註解』1976年、396頁。
3) アウグスティヌス著『神の国(5)』「アウグスティヌス著作集 15」、松田禎二、岡野昌雄、泉 治典訳、1983年、126頁。W、レーヴェニヒ著『アウグスティヌス 生涯と業績』宮谷宣史・森 泰男訳、1984年、243、253頁。263頁。H、チャドウィック著『アウグスティヌス コンパクト評伝シリーズ3』金子晴勇訳、1993年、170,177頁。
4) 『カルヴァン キリスト教綱要抄 新教セミナーブック3』ヒュー・カー編、竹森満佐一訳、1997年、313‐333頁。渡辺信夫著『カルヴァン 人と思想10』1992年、174、175頁。
5) 『教義学とは何か』雨宮栄一・村上伸編、1987年、193、194頁(以下『教義学』)と略す。
6) H・G・ペールマン『現代教義学総説』1982年、348頁(以下『総説』)と略す。もちろん、ここで言う「戦う」ということは、戦争ではなく、教会の苦難の現実と戦うことを意味する。また、ルターと後のルター派とではその信仰理解に異なる部分が多くあることにも注意する必要がある。たとえば、ルターはキリスト者の「行為」を不必要なもの、無意味なものとは考えていないのである。
7) 『ハイデルベルク信仰問答』竹森満佐一訳、1995年、50、81−121頁。
8) カール・バルト著『教会教義学 和解論 V/4』井上良雄訳、2002年改訂版、145‐201頁。
9) 『総説』、362頁。『教義学』235、236頁。
10) エルンスト・ファイル著『ボンヘッファーの神学 解釈学・キリスト論・この世理解』日本ボンヘッファー研究会訳、2001年(第1版)、251、253頁。(以下『神学』)と略す。
11) ディートリッヒ・ボンヘッファー著『ボンヘッファー選集V キリストに従う』森平太訳、1996年(第2版)、189頁。
12) 同書、300頁。
13) ディートリッヒ・ボンヘッファー著『ボンヘッファー選集W 現代キリスト教倫理』森野善右衛門訳、1996年、336、337頁。(以下『倫理』)と略す。また、ボンヘッファーにおいては「この世」的なものと「(文化プロテスタンティズムではないという意味での)キリスト教的」なものの区別が曖昧である。
14) ディートリッヒ・ボンヘッファー著『ボンヘッファー選集X 抵抗と信従』倉松功・森平太訳、1972年(第6版)、188頁。(以下『書簡』)と略す。
15) 『神学』274頁、『倫理』375頁。ちなみに小原克博著『神のドラマトゥルギー 自然・宗教・歴史・身体を舞台として』2002年、174頁は、神の啓示の光の前での「自然的なもの」の正しい回復を提唱している。
16) 『神学』217頁。
17) 同書271‐274頁。『倫理』336頁。ちなみにボンヘッファーはアメリカとヨーロッパの世俗化の違いついて、「ヨーロッパ大陸的な教会の世俗化については、二つの王国の‐誤解された‐宗教改革的区別から派生したものである。アメリカ的世俗化は、教会と国家という王国、及び職務の区別がないことから、また普遍的な世界の形勢に対する教会側の熱狂主義的な要求から生まれる」としているが、カルヴァンについては言及していないようである。ディートリッヒ・ボンヘッファー著「宗教改革なきプロテスタンチズム」『ボンヘッファー選集Z キリスト論』村上 伸訳、1998年(第1版)、351頁参照。
18) これに関して小原克博氏はその著書で「宗教」概念からこぼれ落ちてきたもの、「スピリチュアリティ」「民俗的なもの(パトリアが含まれる)」や「国民 道徳」「天皇制イデオロギー」等を射程に収め、「宗教の神学」を再解釈すること、「宗教のポリティクスを明らかにしていくこと」が重要ではないだろうかと語る。小原克博著『宗教のポリティクス 日本社会と一神教世界の邂逅』2010年初版、146‐148頁。(以下『宗教のポリティクス』)と略す。
20) 先述した『宗教のポリティクス』はこれとの関連で教会と国家及び政治について興味深い示唆を与えている。
21) 倉松功著『ルターとボンヘッファー』「東北学院大学キリスト教研究所紀要第8号 1990年3月」66、67頁。
22) 『倫理』71‐73頁。
23) 『倫理』94頁。