付論「コリントの教会における聖餐 

‐特に、未信者が聖餐にあずかることについて」

川上純平  改訂版 2012/08/06初版 2007/10/12) 

 

 

 

 

コリントの信徒への手紙T10章、11章においては「愛餐・聖餐」について述べられている。コリントの教会の礼拝に未信者が集ったことは想像できるが、彼らが「愛餐・聖餐」に与ったかどうかは曖昧である。

まず「愛餐・聖餐」について述べられているコリントの信徒への手紙T10章、11章において、10章16節に「キリストの血にあずかる」という言葉があるが、この「あずかる」という言葉はギリシア語で“コイノニア(κοινωνια)”と言い、「交わり」を意味する。しかし、この言葉にはキリスト者のみが「聖餐」に与るというような意味はない。むしろ、「主の晩餐」に共に与ることによって、交わりに入っていくことを示す。(1)また、そもそも、コリントの信徒への手紙のこれらの箇所においては、未信者が「愛餐・聖餐」に与ったかどうかということにはふれられておらず、11章27節に「ふさわしくないままで」という言葉があるが、これには洗礼を受ける前の自然的人間の罪の状態を意味するのではないという解釈や、信者でない者は「主の晩餐」に与れないということではないという解釈がある。11章27‐29節に記されている言葉が、コリント教会のキリスト者に語られた言葉であることは言うまでもない。(2)11章28節には、聖餐に与るか、否かは、聖餐式に出席した者が自分で判断したということも記されている。

加藤氏は、ハンス・コンツェルマンを含む、何人かの聖書学者たちが、パウロはコリントの信徒への手紙T10章、11章の中でコリントの教会において洗礼を受け、かつ「聖餐」を「サクラメント」に考える人たち、魔法的な効果を持つ聖礼典理解(密儀的な意味で「物質的な礼典主義」:聖礼典の食物は物質としての効力をもたらすと考えた)があったことによって、共同の食事を軽視したキリスト者に対して批判したのであろうとしており、このことと14章16節の言葉により、パウロが未信者の聖礼典への参与を妨げなかったであろうことを述べている。(3)おそらく、パウロはこの箇所で、キリスト者を含んでグノーシス主義者や欲望に満ちた人々がいたので、その人々の行為を批判したと解釈することもできる。

コンツェルマンは、コリントの信徒への手紙T16章22節の「アナテマ」の言葉「主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。」を「信者でない者は食事の始まる前に追い払われる威嚇的な呪い」であるとし、「アナテマ」の言葉によって「未信者は隔離される」としている(4)加藤氏は、『ディダケー』の「アナテマ」を用いて「主を愛する者は来たれ。主を愛さない者にはアナテマがあれ。マラナ・タ」と、そもそもの形を復元し、「アナテマ」は「主に対する愛を拒んだ者に対して自己吟味を求めるためにある」のであり、拒む者に対して教会が行なうのではなく、「神の審判に委ねようとするもの」としている(5)同時に、コンツェルマンは一方では洗礼を受けた者だけが聖餐式への参加を許されたとしているが、それについての聖書箇所・根拠を述べていない。(6)青野氏は、エルンスト・ケーゼマンの言葉を引用しながら、「イエスの言葉と振る舞い」に立ち帰っていくこと、十字架に架けられたイエス・キリストからすべての人が無条件に招かれていることを述べている。(7)

キュンメルは、『新約神学』332‐334頁においてバプテストを受けたキリスト教徒による共同の食事によって、主の晩餐は成り立つとするが、少なくとも、引用されている聖書箇所と、それについての論述だけでは、信仰者以外のものもこれに参加し得たかどうかについては曖昧となる。それはまず、コリントという他の諸宗教の多く存在する複雑な状況の中でパウロが聖餐について、神によって選ばれたゆえに、キリスト者のみが聖餐に与ることのできるものであると明言しないのは何ゆえであろうかということがある。

詳しく見ていくと、まずキュンメルは333頁において、10章16、17節にあるパウロの言葉を使用して論証しようとしている。パウロは、この箇所で「パン」にあずかることは「キリストのからだ」にあずかることとし、ここで述べられている「パン」を「キリストのからだ」と同一視している。さらに、その「パンは一つ」であるゆえに、「イエス・キリストのからだ(パン)」に与る私たちは一つであると語っている。キュンメルは、それを「『キリストのからだ』に共に所属しているということが、ひとつの『パン』を共に食することと対応関係にある」としている、つまり、キュンメルの文脈では、キリスト教徒であることが、『パン』を食することと対応関係にあるとしていることになるのである。しかしながら、これだけでは論証になり得ず、パウロがここで『パン』に与る者にキリスト教徒でないものを含めて考えていたと解釈することも出来るように描写しているのはなぜであろうか。「教会」は「イエス・キリストのからだ」より先にあるものではなく、「イエス・キリストのからだ(パン)」について決定権を持つのでもないこと、イエス・キリストの現実存在、イエス・キリストのからだがあるゆえに、教会があるということを見落としていないだろうかということがある。また信仰者が洗礼を受けたことによって教会の一員となることは確かだが、パウロは聖餐に関して、334頁にあるような「すでに受けた救いを確認し得るに留まる」ものであるとも、信仰を前提とするものであるとも語っていない。11章26節にある「主の死を告げ知らせる」という言葉も、聖餐式が「主の死を告げ知らせる」ものであるゆえに、その「想起」のわざである聖餐式に参与することそれ自体が「主の死を告げ知らせる」ことになること、あるいは、信徒に対して告げ知らせることの勧めの言葉を語っているにすぎない。さらに、「甦りの主」「復活者の共同体」というような表現が繰り返し述べられているが、イエス・キリストが復活されたこと、甦られたこと、そのような「主の共同体」である教会と、教会の聖餐式にキリスト者でないものが参加してはいけないということのつながりが見えてこないのはなぜだろうか。つながるとしたら、それはどのような信仰であろうか。(8)加えて、キュンメルは375‐386頁において、イエスの告知とパウロの神学に関して、二つは対立するものではないことを繰り返し述べているが、特に「聖餐」に関して、「神の歴史的救いの行為」についての「神の子イエス・キリストによる救い」ということがどのようにこれと関係するのであろうか。136頁において、イエスは十字架という死、神的行為を行なったとし、さらに160、161頁で記しているように、イエスが「神の子」であるということが、ヘレニズム・キリスト教において定着したのは、「神々の子ら」という同じ種類のいくつかの概念が、様々な形で存在したヘレニズム・キリスト教の異教的環境から説明がつくとし、イエスとパウロが同じ土俵上にあるかのごとき言説を述べると同時に、その聖餐式理解について述べているが、そこにはどのような意味があるのかが疑問なのである。(9)

キュンメルとの関連で言うと、礼拝学者のJ・F・ホワイトは、最初期のキリスト教徒たちがユダヤ人であり、彼らは神の超越性についての認識ゆえに、偶像崇拝をさけ、コリントの信徒への手紙T8章に登場する「弱い兄弟たち」に対する責任感からサクラメントに関する自己抑制すらも生じるほど自由であったとしているが、(10)コリントの信徒への手紙8章に登場する人々は、ユダヤ人ではなく、また8章はサクラメントについて述べた箇所でもない。

そこから、パウロが11章で、「サクラメント」との関連で「弱い兄弟たち」のために他の諸宗教を信じていた人が「洗礼」を受けて、キリスト者になることを、コリントにはユダヤ教ではなく、多くの他の諸宗教が存在したことに基づいて、それらとキリスト教の違いを含めて述べてもよいはずであるが、述べてないのはなぜであろうか。また、キュンメルの主張であるイエスとパウロは同じ神論に基づいているということはどう関連するのであろうか。

同じく、Eシュヴァイツァーは、「一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。」とコリントの信徒への手紙U5章14節を引用しつつ「教会は十字架にかけられた主、復活の主の臨在によって包まれており、それ(※主イエス・キリスト)の中に生きる」としながらも、(11)聖餐について述べている箇所では、パウロが聖餐において信者と未信者とをふりわけたことを前提として言葉を述べているゆえに、信者と未信者との関係で、それは「洗礼および聖餐において、形をとらなければならない」としている。(12)しかしながら、その根拠はなく、そこで引用されている聖書箇所は、パウロが聖餐で信者と未信者とをふりわけることについて述べた箇所ではない。

キリスト者にとっての神と人間との関係は、旧約聖書における契約関係を土台としているのであるが、それとコリントの教会における「愛餐・聖餐」との関係は曖昧である。11章25節にある「新しい契約」という言葉は、古い伝承であるマルコによる福音書の方では、「新しい契約」とは述べておらず、福音書において記された「最後の晩餐」の記述がイエス本来のものであるかどうかということ、(13)そのこととの関連での「聖餐」と「契約」の関係の曖昧性から、パウロがキリスト者だけが「聖餐」に与ることができると考えていたことには結びつかないことになる。むしろ、「新しい契約」とは、新しくされたイスラエルとの関連で異邦人にも開かれていることを示すのではないだろうか。そもそも、マルコ福音書における「主の晩餐」の記述においては、誰が与るか示されておらず、「多くの人のために」と記されているに過ぎない。

そして、「ディダケー」において、はじめて陪餐者を受洗者に制限したことにはならなくなるということもある。それゆえに、コリントの教会の礼拝に未信者が集ったことは想像できるが、「愛餐・聖餐」に与ったかどうかは曖昧であるということができるであろう。

 

もどる

 



(1)   Josef Hainz,κοινωνια”『新約聖書ギリシア語釈義事典U』、1994年。

(2)     『説教者のための聖書講解 釈義から説教へ コリント人への第一の手紙 コリント人への第二の手紙』、1997年〈第5版〉、204頁27−34節の釈義参照。『新約聖書』(新約聖書翻訳委員会訳)、2004年。

(3)   『イエスと教会』、12、13頁。『神学概論』、64頁参照。

(4)   『原始』、74、115頁。

(5)   『イエスと教会』、12頁。ちなみに『ディダケー』において述べられている「マラナ・タ」とは「来り給う主イエス・キリスト」に対する「集会の歓迎」としての呼びかけである。

(6)    『神学概論』、62頁。そもそも、新約聖書には受洗が聖餐に与るための条件であるとは記されていないのではないだろうか。

(7)   『主の晩餐』、19頁。

(8)   『新約神学』、332‐334頁。

(9)    同書、該当頁参照。

(10)   『キリスト教礼拝』、244頁。ちなみにホワイトは、聖職者の任職式は礼拝であり、そこにおいてキリスト者でない者も聖餐に与る権利があることをほのめかしている。同書、415、423頁。

(11)   『教会像』、142頁(※は筆者)。

(12)   同書、144、145頁参照。

(13)    このことに関して、また、廣石 望「第5章 イエスと原始キリスト教おける『聖餐』」『聖餐の豊かさを求めて』、2008年、特に120頁参照。