「エミール・ブルンナーについて」

川上純平

2019118

                                                                                                

・ハインリッヒ・エミール・ブルンナー(Heinrich Emil Brunner  1889-1966

  スイスの改革派神学者。18891223日にスイスのチューリッヒ近くのヴィンタートゥールに生まれる。チューリッヒ大学で学んだ後にベルリン大学に留学する。1912年にチューリッヒのフラウミュンスター教会で按手を受けて牧師となり、1913年にスイスの宗教社会主義者レオンハルト・ラガーツの指導を受けて学位論文『宗教的認識における象徴的なもの』(Das Symbolische in der religiösen Erkenntnis)によって神学博士の学位を取得する。1914年までイギリスに滞在して、労働運動を学んだ。スイスのアールガウ州ロイトヴィルで牧会を経験し、さらに191624年まではグルラル州オプスタルデンで牧師として牧会伝道に従事した。1919年にカール・バルトの『ローマ書』(Römerbrief)〈第一版〉が出版されるとこれを高く評価し、さらにバルト、フリードリッヒ・ゴーガルテン、エドゥアルト・トゥールンアイゼン、ルドルフ・ブルトマン、ゲオルク・メルツらと共に「弁証法神学運動」を行った。191920年にアメリカ、ニューヨークのユニオン神学校に留学し、1922年にチューリッヒ大学神学部私講師、192453年に組織神学及び実践神学教授、その間の194244年には学長に就任した。1928年にはアメリカ東部の諸神学校で講演し、193839年にはプリンストン大学でも客員教授として教え、日本には1949年に初来日、講演会や公開講義等を行った後に、195355年に再び招かれ、国際基督教大学及び東京神学大学でも教えた。そのこともあり、日本のキリスト教界に与えた影響は大きいとされる。

  彼の神学は彼がスイスのチューリッヒ出身で、チューリッヒは宗教改革者ツヴィングリの町であるゆえに、ツヴィングリの影響を受け、またチューリッヒがキリスト教育者ペスタロッチの町であるゆえに、その影響を受けて「宣教的」、「教育的」な性格を持つ神学を形成し、最晩年の彼の教会理解は、ツヴィングリに傾斜したとされる。(1)ちなみに宗教改革者マルティン・ルターカルヴァンの神学に関しては「弁証法神学運動」と呼ばれた時代にカール・バルトらと共に深く学んだとされる。(2)彼はさらにカール・バルトらと同様、クリストフ・ブルームハルト、クッター、レオンハルト・ラガーツらのスイスの宗教社会主義者たちの影響を受け、後にシュライエルマッハーに源を持つ「自由主義神学」の影響を受けるが、これにキリスト教以外の宗教の要素がある事を指摘して「神秘主義」と批判し、「神の言葉」を対立させて「弁証法神学」の立場を取るようになった。その時点ではカール・バルトに近い立場を取ったが、次第にカール・バルトらとは、神学、特に教義学について異なる見解を持つようになり、後に特にカール・バルトとは「自然神学」の問題で対立した。1934年にブルンナーが『自然と恩寵‐カール・バルトとの対話のために』(Natur und Gnade. Zum Gespräch mit Karl Barth)を発表した際に、バルトは『否!エミール・ブルンナーへの解答』(Nein! Antwort an Emil Brunner)によって反論し、ブルンナーがキリストを抜きにして人間の理性に神を認識することが出来る「神と人間の結合点」としての役割を与えているとして、訣別するに至った。(3)カール・バルトの主張の背景にはブルンナーの神学がナチス・ドイツの思想を擁護することに通じるものと考えられたということもある。またブルンナーはバルトとは違い、特に1938年に発表した『出会いとしての真理』(Wahrheit als Begegnung)によってマルティン・ブーバーの「我と汝」等に影響を受けた神と人との人格的な出会いを土台とした神学を主張している。さらにセーレン・キルケゴールの影響を受けた論争的な神学を主張し、教義学と論争的な神学(争論学)とを綜合する第三の神学の道である自らの立場を「伝道神学(宣教神学)」と言い表した。(4)彼は194660年にこれらに基づいて代表的な著作である『教義学』(Dogmatik)全三巻を記した。さらに彼は1932年に記し、最初の体系的な倫理学の名著となった『戒めと諸秩序』(Das Gebot und die Ordnungen)、1943年に「自然法」の導入による社会秩序の倫理について記した『正義 社会秩序の基本原理についての学説』(Grechtigkeit. Ein Lehre von den Grundgesetzen der Gesellschaftsordnung)に代表されるように倫理、特に社会倫理についても考察し、「エキュメニズム」に対しても関心を持った。最近ではブルンナーの神学に対して認知科学の方面との関わりを考察する向きがあり、(5)彼の終末論には限界があることを指摘する声もある。(6)

 

 

〈参考文献〉

・エミール・ブルンナー著、清水正訳「神学のもうひとつの課題」(『ブルンナー著作集 第1巻 ‐神学論集‐』所収)教文館、1997年(第1版第1刷)、89−112頁。Die andere Aufgabe der Theologie, inZwischen den Zeiten. 7.1929, München. S.255-276.

・エミール・ブルンナー著、熊沢義宣訳「《附録》わが心の生い立ち」(『信仰・希望・愛』所収)新教出版社、1957年(第1版第1刷)、125−143頁。A Spiritual Autobiography, inThe Japan Christian Quarterly. 21, 1955, No.3. Christian Literature Society of Japan. 

大木英夫著『ブルンナー 人と思想シリーズ』、日本基督教団出版局、1962年〈初版〉

・大木英夫著「ブルンナー,エーミール・ハインリヒ」『キリスト教人名辞典』、日本基督教団出版局、1986年〈初版〉

・大木英夫著「ブルンナー Brunner 1) Emil」『キリスト教大事典』、教文館、1991年改訂新版〈第10版〉

・熊沢義宣著「ブルンナー」、菅円吉著「自然神学論争」、内田良三著「自然と恩寵」、佐藤敏夫著「弁証学」『キリスト教組織神学事典』、教文館、1992年〈第5版〉

・武田武長著「ブルンナー」『岩波キリスト教辞典』、岩波書店、2002年〈第1刷〉

Schwöbel, ChristophBrunner, EmilPages 238–239 in Religion Past & Present. Encyclopedia of Theology and Religion. Vol. 2.2007,

Leiden / Boston: BrillOriginal EditionBrunner, Emil, inReligion in Geschichte und Gegenwart. Handwörterbuch für Theologie und Religionswissenschaft. Bd. 1, 4, völlig neu bearbeitete Auflage.1998,Tübingen.

・森本あんり著「ブルンナー」、須田拓著「自然神学」『新キリスト教組織神学事典』、教文館、2018年〈初版〉

・芦名定道著「現代神学の冒険‐新しい海図を求めて 第25回 心の神学2‐心を科学する時代」『福音と世界‐第73巻10号』新教出版社、2018年、60−65頁。

 

 

〈参考にしたウェブサイト〉

・“Emil BrunnerFrom Wikipedia, the free encyclopediahttps://en.wikipedia.org/wiki/Emil_Brunner

・“Emil Brunner (Theologe)From Wikipedia, Die Freie Enzyklopädiehttps://de.wikipedia.org/wiki/Emil_Brunner_(Theologe)

戻る



(1) 大木英夫著『ブルンナー 人と思想シリーズ』、1962年〈初版〉、15‐31頁。この本はブルンナーの生涯と神学の全体について日本語で紹介された本で、最も詳しく丁寧にその全体が記された最初の書物であり、今回、ブルンナーについて著述するに当たって大いに参考にさせていただいた(特に第5章ではブルンナーと日本の教会との関係について興味深い内容も記されている)。もっとも、この本では、ブルンナーについてはともかくバルト神学については時代的な限界もあり、最近のバルト神学の理解とは異なっている著述がなされている。また同書、102頁に記された「特殊部落化」という言葉は不適切な差別用語であり、この言葉がこの箇所に記されている理由は不明である(以下『ブルンナー』と略す)。熊沢義宣著「ブルンナー」『キリスト教組織神学事典』、1992年〈第5版〉、森本あんり「ブルンナー」『新キリスト教組織神学事典』、2018年〈初版〉。

(2) 『ブルンナー』19頁。エミール・ブルンナー著、熊沢義宣訳「《附録》わが心の生い立ち」(『信仰・希望・愛』所収)、1957年(第1版第1刷)、137、138頁。

(3) これについては、例えば、熊沢義宣著「ブルンナー」、菅円吉著「自然神学論争」、内田良三著「自然と恩寵」『キリスト教組織神学事典』、須田拓著「自然神学」『新キリスト教組織神学事典』等を参照。

(4) 『ブルンナー』104頁。

(5) 芦名定道著「現代神学の冒険‐新しい海図を求めて 第25回 心の神学2‐心を科学する時代」『福音と世界‐第73巻10号』2018年、65頁参照。

(6) Schwöbel, ChristophBrunner, Emilin Religion Past & Present. Encyclopedia of Theology and Religion. Vol. 2. 2007.