キリスト教とキリスト教神学

川上純平

                        

初版:2009113

改訂第一版:20171027

 

このウェブサイトは、「キリスト教神学」の中でも、特にプロテスタント教会の組織神学研究を中心としているが、キリスト教神学の他の諸部門、そして、「キリスト教神学」だけでなく、「キリスト教界全般」、「宗教哲学」など「キリスト教」と関わりのあるものに数多く触れているウェブサイトでもある。(1)

この「キリスト教神学」は基本的には「キリスト教信仰」を土台とするものであり、その位置づけにはいくつかの立場がある。また「キリスト教神学」の目的は、人をキリスト教信仰に導く、いわゆるキリスト教の「伝道」そのものではない。その「伝道」は主に教会が行なうものである。この「キリスト教神学」についてのウェブサイトもキリスト教信仰についての理解を求めているものでもあるゆえに、直接的ではないが、キリスト教信仰への導きとなり、また「キリスト教会に仕える」という意味でのキリスト教神学についてのウェブサイトでもあるゆえに、キリスト教の「伝道」について考え、その「伝道」を行なうものでもある。

「キリスト教神学」を理解する上では、まず「キリスト教」がどのような宗教なのかを理解するということが重要であるゆえに、次に「キリスト教」について短く説明したい。もっとも「キリスト教」を理解するということは「キリスト教信仰」を持つということがなければあり得ないとされていることもあるゆえに、それについても説明したい。

「キリスト教信仰」を持つようになるということは「キリスト教」がどのような宗教なのかを理解することで持つようになるということではない。「キリスト教信仰」を持つということそれ自身は「キリスト教」について知識を持つことや「キリスト教神学」を勉強すれば、絶対にキリスト教信仰を持つようになるということではなく、聖書が証しする神を信じるようになることだからである。しかしながら、「キリスト教」について理解するということも信仰生活には必要であろう。もし、そうでなければ、例えば「キリスト教信仰」を求める者がイエス・キリストに対して自らの信仰の告白をすれば良いのか、仏教の釈迦(シャカ)に対して自らの信仰の告白をすれば良いのか、解らないということになるのではないであろうか(もっとも「キリスト教神学」を仏教寺院に例えるなら、仏具作りの一端を担っていると言える部分もあるかもしれないが)。たとえ、「敬虔さ」(神に対して深い信仰心を持ち、自己の思い上がりを自制すること)を重視する場合でも、全くそのことを指摘しないわけではない。キリスト教とは、そのような宗教でもある。

インターネット上において「キリスト教信仰」に入門することを目的としたウェブサイトも数多くある。それゆえに、もし、あなたが「キリスト教信仰」に入門したいならば、「キリスト教神学」のついてのウェブサイトではなく、「キリスト教信仰」に入門することを目的としたウェブサイトを訪れるのが良いであろう。また基本的に「敬虔さ」という意味でのキリスト教信仰への最も善い導き手は「聖書と教会」であるとされているゆえに、「キリスト教」に救いを求めたり、それに入信したりする場合は、聖書を読み、「キリスト教」の教会生活を行うことが必要である。ちなみにキリスト教会においては、「キリスト教」に入信する人を対象に「キリスト教入門講座」を行なっている所もあるが、それは「キリスト教神学」の講座ではなく、「キリスト教」の教会生活を行なうにあたって必要なことを学ぶためのものである。

 

 

「キリスト教」についてはこちらのページを参照。

 

 

◇キリスト教神学とは

キリスト教神学は、他の学問と同じく「学問」として位置付けられており、総合大学の中の神学部や文学部キリスト教学科、神学のみの単科大学、神学校において教えられている学問でもある。またそれらの教育機関は全て高卒レベルの学的能力を有し、かつ試験に合格し、入学を許可された者が学ぶことのできる教育機関である。

キリスト教神学は、キリスト教信仰そのものではないが、それは、基本的にはキリスト教信仰に関する敬虔な企てを持つ学問であり、イエス・キリストにおける神の自己啓示(神が人に対してイエス・キリストを通して、神ご自身を示されたこと)に由来し、聖書が証する神を対象とする学問である。またそれは聖書が語る使信(メッセージ)を要約し、現代に対して新たに理解してゆこうとする学問であり、神の自己啓示を承認し、知り、理解するというキリスト教信仰の上に立つ学問である。また、それはキリスト教会についての自己検証的な学問、キリスト教会に奉仕する学問でもある。

 もっとも、キリスト教信仰に根ざすことのない学問やキリスト教に関係する学問(キリスト教信仰に根差さない現代の聖書学、宗教学や宗教哲学、キリスト教芸術に関する研究等)も、現代においては「キリスト教神学」の一部として扱われる場合があり、そこには多様性も見られる。

 

「キリスト教神学」は、そのようなものであるが、さらに「キリスト教」についての関連のある本質的なもの、つまり、聖書、キリスト教信仰、キリスト教会等について考え、理解することが「キリスト教神学」に様々な意味で関わってくる。

 

キリスト教信仰とは

 キリスト教信仰とは、聖書に示されたイエスがキリスト(救い主)、神であると人が教会において信じるということである。同時に、イエスをどのようなものとして、またどのように信じるかということに関して様々な立場がある。

 

キリスト教会とは

キリスト教会は、「キリストの体」とも言われ、その多くはイエスをキリストとして信じる人々の集まりで、それは聖霊の働きによって出来上がったものとされている。現在でも、世界中のキリスト教会では、多くの場合、日曜日に礼拝が行なわれている。

特にプロテスタント教会は、1517年、ドイツで宗教改革を行なったマルティン・ルターに起源を持つ教派で、聖書のみを信仰の基盤とする。現在では、ルターに影響を受けたスイスの宗教改革者ジャン・カルヴァンに起源を持つカルヴァン派を始めとして数多くの教派に枝分かれしている。ローマ・カトリック教会や東方教会とは聖書正典、教理、聖礼典、職制等が異なっている

 

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(1)   現在、日本で「ウェブサイト」全体を指す意味で、「ホームページ(homepage)」という名称が使われていることが多いが、正式には「ウェブサイト(website)」という表現が正しい。なお、この「ウェブサイト」では「ホームページ」という名称が馴染みのあるものとなっているゆえに使用している。

また当ウェブサイトは「キリスト教神学」についてのウェブサイトであるが、特にキリスト教信仰を土台とし、キリスト教会に仕える学問であるキリスト教神学についてのウェブサイトである。

このウェブサイトがプロテスタント教会の組織神学研究を中心としたものであるにもかかわらず、名称が「キリスト教神学についてのウェブサイト」になっているのは、もともとプロテスタント教会という教派が歴史的にカトリック教会を土台とし、「キリスト教神学」という名称は「組織神学」を意味していたことだけが、その理由なのではない。それはこのウェブサイトが、「キリスト教とは何か」ということ、キリスト教信仰について学問的に検証すること、キリスト教についての情報提供等をその目的としているゆえである。