雑記帳(Z)                       

 

川上純平         2012・4・30〜

 

 

2012年4月30日(月)

    

平野ではようやく雪も解け、ストーブを付けなくても室温が20度を超える日が徐々に増えてくるようになりました。今年は大雪であったために農家では作業にやや支障も出ていますが、農家の方々に神のお守りがある事を祈ります。先日は教会の信徒の方に「ピーマン」の苗をいただきました。自宅のプランタで育てています。4月上旬の暴風のために2010年に改修工事を終えた藤崎教会会堂の屋根の一部が飛んでしまいましたが、すぐさま修復工事も行なわれました。自然は人間にとって恵みを与えると同時に凶暴なものでもあるのです。

4月上旬に藤崎教会では「イースター(復活日)礼拝」を行ないました。イースターはイエスの復活を祝う喜びの日です。新約聖書ではイエスが十字架に架けられて殺された後、3日目に墓から復活した(甦った)とされ、弟子たちの前に現れたとされています。復活したイエスに出会った弟子たちは絶望と罪の束縛から解放され、集まって祈り(教会の始まり)、イエスの説いた神の国を伝える(伝道、宣教)使徒になっていきました。イースターまでの期間はイエスの十字架の受難(苦しみ)を覚え、イースターを祝う準備をして過ごします。イースターは、しばしば冬の寒さが過ぎ去った春ののどけさと相まったイメージや、鶏の卵やその卵からかえるヒヨコで表わされるように、新しい誕生、再生、復活のイメージで表され、飾りや絵をつけた「ゆで卵」が配られたりします。

また春には津軽の日本基督教団に属する教会・伝道所はキリスト教主義学校である「東奥義塾高等学校」「弘前学院聖愛高等学校・中学校」に新しく入学された生徒たちと一緒に日曜日に入学記念礼拝を行ないます。藤崎教会もこれらのキリスト主義学校と歴史的な繋がりがあり、そのような礼拝を行います。また津軽の地には他にも諸教会・伝道所等がありますが、そこに新しく教師(牧師)が来られました。5月下旬には就任式が行われます。これからの働きに神の祝福がありますように。また4月には青山学院大学から本多庸一召天100周年記念のために日本全国を廻って本多庸一ゆかりのものを探し求めておられる先生が来られました。藤崎町は本多庸一によって東北で最初にプロテスタント伝道がなされた地であるということもあって藤崎教会等に立ち寄って行かれました。

春は「教会総会」、「地区総会」、「教区総会」等を行ってその時は教会・伝道所・関係学校・関係施設等に関する重要な懸案事項を話し合ったり取り決めたり忙しい日々を送ります。また4月下旬には「教区社会問題セミナー」という集会に出席し、講師にノンフィクション作家の広瀬隆氏をお迎えして「福島原発事故」「放射能汚染」「六ヶ所再処理工場」等についてお話をお聞きしました。そこでは「昨年3月中旬以降の福島県民の避難がどのようなものであったか日本のマスメディアは国民に報じていない」「福島原発事故は未だに終息していない。特に4号機が危険である」「津波等の対策が不十分の再処理工場は爆発する可能性がある」「そもそも再処理工場が存在する意味はなく、全国の原発の核燃のゴミを押し付けられているだけ」「原発は再稼働禁止、再処理工場は閉鎖が良い。そのために東北各県は力を合わせていただきたい」等の言葉が語られました。イエスをキリスト(救い主)として信じる者として、またキリスト教神学の観点から言うならば、たとえば神の造られたこの世界を守ること、神と人間との永遠の契約、神であり人であるイエス・キリストは十字架で人間の罪(この罪はキリスト教で言うところの罪)にもかかわらず神と人とが和解させた、ということ等があります。日々のキリスト者としての生き方が大切でしょう。原発がなくても充分電力は足りているという意見もいくつかあります。5月3日、弘前市で行なわれる「5・3市民集会」にも地区の社会委員会が関わっているので、出席しますが、今回は「憲法・原発・九条」と題して福島大学元学長の吉原泰助氏に講演をしていただく予定です。

 

 

2012年5月30日(水)

 

日本基督教団奥羽教区総会が無事に終わりました。今回はこの教区が掲げる「宣教」に関する事柄を巡って話し合いがなされたように思います。また日本基督教団では「聖餐」を巡ってここ数年様々な事がありましたが、教区総会で配布された資料によると「未受洗者への配餐」を行なう同教団のとある牧師に対して同教団審判委員会が同牧師の免職を決定したことについて同牧師が裁判を起こして東京地裁が2月21日付けで訴状を同教団に通知したこと等が載せられていました。訴状の内容の主な点は正教師「正教師免職処分無効確認」「慰謝料1000万円支払及び遅延損害金支払要求」だそうです。この問題が解決することを祈ります。個人的には「聖餐」に関してキリスト教神学的に問題が解決することに関心があります。先日「キリスト教神学のページ(T)」に資料「主日礼拝説教『記念として行う』(新約聖書ルカによる福音書22章1‐23節)」を載せましたが、偶然にも内容は「聖餐」についてのものです。

ところで、キリスト者としての生き方として原発の問題に取り組むにはどのようなものがあるのでしょうか。おそらく集会参加やそれらに関する発言・署名・募金等ではないでしょうか。キリスト者の生き方としても重要です。

教会では5月末に「聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝」が行なわれました。この礼拝は「聖霊(神の力)」によって教会が生まれたことを感謝しお祝する礼拝で、世界宣教が始まった時を覚える礼拝でもあります。「ペンテコステ」という言葉は、新約聖書が記された言葉であるギリシア語で「50日目」を意味します。そもそも、この言葉は旧約聖書の出エジプト記に記されたエジプト脱出を記念したお祭りである「過越の祭」の50日目に、収穫を祝うお祭りだったのが、モーセが十戒を授かった事をお祝するお祭りとなった「五旬祭」のことを意味しました。これが新約聖書の使徒言行録の中で、そのお祭りの時に祈っていた弟子たち(使徒たち)に天から「聖霊」が降り、世界最初のキリスト教会が生まれたことを記念してお祝いする時になりました。「聖霊」は、しばしば鳥の「ハト」や「炎」の絵、デザイン等で表現されてもいます。

6月には子供と大人が共に礼拝を行う「子供の日・花の日合同礼拝」が教会で行なわれる予定です。礼拝後には教会学校で高齢者施設訪問・遠足も行ないます。

青森県には「キリストの墓」と呼ばれる所があります。そこでの踊りにはヘブライ語が関係していると言われていたりします。言うまでもなく「イエス」はユダヤ人でした。それなのになぜ日本に「キリストの墓」があるのでしょうか。不思議な話ですが、これを読む皆さんは「イエス」について何をご存じでしょうか。

津軽ではリンゴの花は既に咲終わり、実が実り始める時期です。たんぽぽやチューリップが5月に咲くという環境にも慣れてきました。今年の農家の収穫が豊作になる事を祈ります。先日、青森市浪岡を通ったところ、「ねぶた」の祭囃子が聞こえてきました。もう準備に入っているようです。

 

 

2012年6月30日(土)

 

最近、同志社のキリスト教主義教育に関して考えていますが、同志社のキリスト教主義教育は、キリスト教の教義を押し付けるのではなく、一人一人の人間を育み育てるもの、つまり、「良心」、キリスト教では、例えば「人が神の前でどう生きるべきかを考え、促す心」を形成していく上でキリスト教の精神による教育を行なっていくことに過ぎません。そのためにキリスト教という宗教を理解する必要があるとされるものです。この「良心」は同志社創立者の新島襄が尊んでいたことです。昨年の「3・11」以後、このようなキリスト教主義教育がキリスト教関係学校・関係幼稚園・保育園等では必要とされているように思えてなりません。新島襄の説いた「良心」教育は同志社大学今出川キャンパス正門近くにもある「良心碑」に記されたもので、今もそれは同志社大学を始めとする関係学校に受け継がれています。

ところで、先日、このサイトのリンクのページにもあります「東電社員殺害事件」再審が決定し、15年間無実の罪で捕えられていたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんが釈放され、帰国したということです。非常に喜ばしい事です。本人とご家族の忍耐と諦めない心、そして多くの方々の支援の賜物であると思います。

また私は一年ぶりに大船渡と陸前高田を訪れ、大船渡教会の牧師の案内でそれぞれ見て回ることが出来ました。大船渡は幾分復興が進んでいますが、それに比べ被害の大きかった陸前高田は一年前とほとんど変わっていません。地平線の先まで何もないか瓦礫の山かのような状態がいたるところに続いています。そこに津波がまた襲ってきた場合の事を考えてということもあるのでしょう。地震による津波の跡は、今もその痕跡を無惨にも根深く残しています。言葉には表せない悲しみと苦しみとそれに負けない心がそこにはあります。当事者でないとわからないものもあるでしょう。帰りに大船渡教会の牧師から地元で獲れた「マンボウ」の刺身という珍しい物をいただきました。酢味噌で食べましたが、おいしかったです。

ところで、大飯原発再稼働が承認されました。私が属しています日本基督教団奥羽教区は教区議長名で内閣総理大臣宛の「関西電力大飯原子力発電所再稼働についての抗議と要請」の声明を発表し、また「CNFE(原発体制を問うキリスト者ネットワーク)」は「緊急要請 - 大飯原発の拙速な再稼働策動の即時中止を求める」声明を発表しています。極めて危険な原子力ではなく、自然エネルギー・再生エネルギー等を用いるのが課題ではないでしょうか。ちなみにインターネットで検索エンジン(例えばGoogleを使って調べていたら、放射能除去の方法が様々に考えられていることに気づきました。中にはバクテリアを用いたものもあります。特許や賞金を出してより良いものを行政が募集するのも一つの方法かもしれません。

藤崎教会では6月に「子供の日・花の日合同礼拝」を終え、毎週日曜日の礼拝を守っており、隣接する幼稚園もそうですが、夏の行事に向かって歩んでいます。隣接する「藤崎幼稚園」は1948年に建てられた教会立の保育園でした。現在では「学校法人藤崎キリスト教学園 藤崎幼稚園」として地域の人々に愛され続けています。私は毎週、この幼稚園に行って子供たちの礼拝のお話、毎月、幼稚園教諭のための「聖書を読む会」担当の役割を担わせていただいています。これらのことを神に感謝しつつ歩んでいきたいと思っています。「子供の日・花の日合同礼拝」では教会学校、幼稚園の子供と大人が共に礼拝を守り、子供祝福式を行ないました。この礼拝は1856年にアメリカのユニヴァーサル教会の牧師が子供たちをキリスト者として生きることへ献身させる意味で「子供の日礼拝」として行ない、それを1870年にアメリカの会衆派教会の牧師が「シャロンのばら」と題するプログラムを作り「花の日礼拝」とも呼ぶようになったものです。ところで、藤崎教会の歴代牧師は代々、青山学院神学部と農村伝道神学校を卒業した牧師がそのほとんどを占めていました。ちなみに私は同志社神学部出身です。津軽ではリンゴの実が既に実っています。家の庭のピーマンも実りました。皆様、暑さにお気を付け下さい。

 

 

2012年7月30日(月)

 

ここ数日は日本各地で猛暑の日が続く一方で、世界も含めてロンドン・オリンピックがさらに熱気を加えているような気がします。また台風や大雨によって日本各地では多大な被害がもたらされており、被災された方々に神の癒しと平安とを祈ります。猛暑が予想されるので大飯原子力発電所が再稼働される一方で、首相官邸前や国会議事堂前ではデモがなされ、危険な放射能事故を起こしかねない大飯原発を再稼働しなくても十分に電力を賄うことができるという理由で再稼働に反対する方々がおられます。山口県岩国基地と沖縄県普天間基地に配備される米軍の“オスプレイ”に対する配備反対の声も、オスプレイが危険であるゆえのことです。

ロンドン・オリンピックの開会式では、とある讃美歌が歌われたのに気づいた方もおられるかもしれません(讃美歌21では218番)。ビデオ等にとっておられる方はご確認下さればと思います。また開会式の最後に元ビートルズのポール・マッカートニーが“Hey Judeヘイ・ジュード)”を歌いましたが、この“ジュード”という言葉は新約聖書に登場する人名の「ユダ」あるいは文書名「ユダの手紙」を表わすと同時に、「ジュード」という人名を表わします。ポールは同じビートルズのメンバーであるジョン・レノンの息子ジュリアン・レノンを励ます歌としてこの歌を書いたと語っています。そもそもジョンとポールが最初に出会った場所は偶然にもイギリス・リバプールにある“Church of England(英国国教会)”でした。そこで行なわれていた野外バザーで出会ったとされています。その頃、ジョンは既にバンドを組んでいて、そこで演奏し歌っていました。書籍によってはこの教会が“Congregational Church(会衆派教会)”と記されているものもありますが、そうではありません。彼らは世界で最も成功したとされるロックバンドで、今ではロックバンドがゴスペルソングを演奏する教会もありますが、彼らの歌の歌詞を見ても、一部、“Let It Be(レット・イット・ビー)”等のようにキリスト教の観点から解釈のなされる歌もありますが、歌のほとんどが世俗的なラブソングであり、デビュー後は教会の礼拝やキリスト教の集会で演奏することはありませんでした。「聖と俗」とは何か考えてみる事も大切です。

ところで、この英国国教会からの宗教改革によってプロテスタントである「会衆派」「長老派」「バプテスト派」が生まれ、また「メソジスト派」もこの英国国教会から生まれました。さらにドイツのプロテスタントとヨーロッパ各地のプロテスタントではそれぞれ異なるものが多かったりします。それがアメリカに渡り、独自の発展を遂げ、そこから宣教師が日本に渡り、日本基督教団等の現在の日本のプロテスタント教会が生まれたわけです。

宣教師が伝えたキリスト教はプロテスタントのキリスト教で、教会での信仰を持つことを伝えると同時に、医療や教育等を含めた「宣教」を行なってきました。そのことがあって日本のプロテスタント・キリスト教が出来あがったわけですが、そこには日本という土壌、地域性や気質も多く反映しています。

もし日本人がキリスト教という宗教についての知識を持つ場合に、教会で語られているキリスト教の説教を正しいものとして必ず受け入れなければならないなら、これは基本的にキリスト教信仰を持つことが必然的であるとされるゆえに、必ずしもそれを聞く全ての人が理解できるわけではないことから、キリスト教が理解されないことになります。一方で、現象としてのキリスト教を理解というのであるならば、本等によってキリスト教についての最低限の知識を持つことは可能かもしれません。世界で最も多くの人が信じている宗教であるゆえに、これからの時代、信じる、信じないに関係なく、キリスト教を含めて一神教についての最低限の知識を持つことは必要かも知れません。

ところで、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎×大澤真幸 講談社現代新書)という書籍が昨年出版され、20万部売れたそうです。読んでみると、キリスト教と聖書について日本人向けにわかりやすく説明しようとし、的を射た発言や面白い指摘がなされている一方で、聖書理解、特に旧約聖書理解及びキリスト教に関しての基本的理解において間違いが散見され、学問的に適切ではない、いい加減な発言も目立つのが残念な気もしますが、これはこれからも宣教に力を入れていくべきであるという事として受けとめたいと思います。

 藤崎教会では教会学校の行事が7月末に行なわれ、子供たちが近くの河川である岩木川に行って自然を通して神様の恵みを感じる一時を持つことができました。隣接する幼稚園の職員の方々や保護者の方にも協力いただいて行なうことが出来ました。これは藤崎の町にこの教会が根付いていることとつながっています。これも一つの証しであると思います。「夏の集い」を行なった際に、最初と最後には礼拝を行なって、子供たちに「これが大切なのですよ」と語り、神に感謝することを共に学びました。これらは教会学校に連なる子供たちの将来にとっても大切なことでしょう。8月には教会に連なる方々で既にお亡くなりになり、天国に召された方々を覚える記念の礼拝や五能線沿線にある三つの教会が合同して行う礼拝が行なわれる予定です。私は7月には同じ青森県津軽の地区内にある伝道所の午後からの主日礼拝での説教も担当させていただきました。これからも1ヶ月に1回程度担当させていただくことになっています。7月末には奥羽教区の全体修養会、8月には地区の牧師のための一泊研修会、8月末には同志社大学神学部を卒業して牧師や伝道師になった方だけではなく、「日本の会衆主義教会(組合教会)」に連なる信徒の方々や同志社神学部を卒業したわけではない牧師や伝道師の方々をも含めた集まりである「同志社神学協議会」等に出席する予定です。皆様、暑さが続きます。お体をご自愛下さい。

 

2012年8月30日(木)

 

甲子園の夏の高校野球大会もロンドン・オリンピックも無事、終わりました。高校野球大会では青森県が三度に渡り準優勝を獲得しました。オリンピックの閉会式では開会式に続き、今度は元ビートルズのジョン・レノンの“Imagine(イマジン)”が流され、オリンピックの旗がイギリスの軍隊によって運ばれていました。イギリスとはどういう国なのかと改めて思わされます。日本は今回金メダルを7個獲得、また今回のオリンピックで初めて銀メダル、銅メダルを獲得した競技もありました。

リンゴの初物をいただきました。青リンゴで一回り小さくて酸っぱく、素朴な味がしました。今年の収穫が豊作でありますように。

沖縄では辺野古米軍基地建設反対の座り込みが今もなされています。座り込みを始めてから既に3000日以上にもなります。また地球温暖化と海洋汚染等のためのサンゴの白化現象が目に付きます。普天間基地に配備される予定のオスプレイは操縦ミスによって事故を起こす危険性のあることがわかりました。米軍による性的犯罪事件は今も発生しています。

プロテスタント関係の月刊誌『福音と世界』(新教出版社)には、2012年8月号の37頁に「女たちの戦争と平和資料館」の広告が記されています。そこには日本軍が沖縄に従軍慰安所を作り、沖縄、朝鮮、台湾、本土の女性たちを慰安婦にしたことについての特別展示展が行われていることが記されています。また月刊誌は2012年9月号、10月号と続けて沖縄施政返還40年の特集を組んでいます。竹島や尖閣諸島の問題もあります。自然災害や原発放射能事故等、ただでさえ大変な状況でどうしてこういうことになるのかと思わされます。

8月末には京都の同志社大学及び関西セミナーハウスで行われた「同志社神学協議会」に出席し、講演と何人かの方々からの発題をお聞きし、勉強させていただきました。特に同志社大学神学部神学部長の水谷誠教授からは「プロテスタンティズム」と題して講演がなされ、ドイツのルターが始めた宗教改革によって「プロテスタント」は生まれ、プロテスタントの原理として人間の決定や人間の作り上げたものを絶対視しないこと、神学の役割として教会に関する事を神学の理屈で判断し、健全に営まれるように教会との共同作業を行なっていくことが大切であるということが話されました。その協議会では先頃、天に召された(お亡くなりになられた)同志社大学神学部の故橋本滋男名誉教授による『福音書のイエスと教会』(日本基督教団出版局)も購入しました。なかなか面白い本でした。この協議会の日の朝には、鹿ケ谷にある新島襄を始めとする同志社関係者の墓地にも参ってきました。

7月末に藤崎教会は足の不自由な方のために会堂玄関横裏口の手摺り備付け工事を行ないました。また牧師館廊下屋根及びトイレ窓枠修理工事も同時に行われました。今年の冬と春の雪害と風害によりかなり傷んだためです。業者の方が震災や津波等でより甚大な被害を被った被災地での作業に多く人材を派遣しなければならなかったため、長く引き延ばしになっていましたが、ようやく工事に漕ぎ付けることができました。毎週日曜日の礼拝の中ではより甚大な被害な被害を被った被災地を覚えて祈り募金活動を行なっています。

同月には奥羽教区の全体修養会が行われ、「さあ、共に生きよう」を主題として、3・11の大震災・津波・原発放射能事故と宣教協力及びその将来について、東北教区議長、関東教区元議長らをお招きしてお話を聞き、学びの時を持ちました。この会の三日目の朝の祈祷会では私が証しをさせていただきました。良い交わりの時でした。

8月には五能線沿線三教会合同礼拝が行われ、日本基督教団木造教会の千葉敦志牧師が礼拝説教を担当し、その後の研修会では講師に山口陽一先生(東京基督教大学教授・大学院神学研究科委員長)をお迎えし、「信仰の継承・こどもと共なる礼拝」と題して示唆のあるお話しを聞きました。千葉敦志牧師は私が群馬県内の日本基督教団の教会で牧師をしていた時に、同じ群馬県内の同教団の教会で牧師をしていましたが、その時に今回の講師であった山口先生も同じ群馬県内の同教団の教会で牧師をしていました。五能線沿線三教会は、藤崎教会、五所川原教会、木造教会というJR五能線の沿線にそれぞれ建てられた日本基督教団の教会で、最初は全てメソジスト教会でした。五所川原教会は藤崎教会の伝道によって建てられ、木造教会は五所川原教会の伝道によって建てられ、木造教会は来年で創立60年になります。同月には津軽の地区の牧師のための一泊研修会が行われ、これも同じ山口先生が講師で3・11大震災と東北、特に津軽の教会の宣教について学び、話し合いの時を持ちました。この時に鯵ヶ沢のとあるホテルに泊まりましたが、その時に見た海に沈む夕陽が大変美しかったです。今年に入って隣の弘前市にある日本基督教団弘前教会では本多庸一召天100周年記念行事が行われていますが、9月上旬にも関係諸行事が行われる予定です。まだまだ残暑が続きますが、暑さのために体調を崩している方々が回復されますように祈ります。

 

 

2012年9月30日(日)

 

 尖閣諸島や竹島の問題がなかなか解決せずに、暴動などの騒ぎにもなり、平和的に解決することが望まれています。中東でもイスラム教との関連で暴動がありました。国内では地震を始めとする自然災害と原発事故等のような人災への恐怖と不安があり、それらは人を無気力にさえさせます。現実を見る力と真の安全対策がこれからも必要です。

今年6月にネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんが釈放されたことについて言及しましたが、再審が10月29日に行われるということです。是非とも無実を勝ち取っていただきたいと思います。

 新島襄の妻であった新島八重のドラマがNHKで来年より放映されるそうです。そのこともあってここ最近、八重について様々な形でクローズアップされています。

今、私が住んでいる藤崎町は、もともとは東北豪族の安倍氏や安東氏が起こした地域でしたが、後に津軽氏によって治められ整えられていきました。現在の町の人口はおよそ1万6千人程です。藤崎教会は創立当初は数百名程、礼拝に集まった時代もあったそうです。それにはキリスト教が津軽の人々の精神に強い影響を与えたこともありますが、キリスト教が文明開化の一つであったことと、町の有力者に信徒が多かったことが関係しているようです。藤崎教会にはパイプオルガンもあります。1980年に設置されたクロダオルガン製です。時々、パイプオルガンを弾きたい、あるいは聴きたいということで会堂を訪れる方もおられます。

私は、9月上旬には奥羽教区(青森県・岩手県・秋田県のそれぞれの諸教会・伝道所・関係学校・関係施設の集まり)の教師が集まって話し合う研修会に参加し、教区の来年度の計画についての話し合いの時を持ちました。また同じ津軽の地区の伝道所の創立20周年記念式や同じ地区の教会学校の子供たちが集まる日帰りキャンプ等にも出席しました。日帰りキャンプの中では子供たちと共に陶芸教室に挑戦し、お皿を焼いてきました。出来上がりが楽しみです。今日9月30日の日曜日はこの津軽地域の教会・伝道所の牧師たちがそれぞれ別の教会・伝道所に向かい、そこで礼拝説教を行なう日でした。私もいつもとは違う感じの会堂で礼拝説教をさせていただきました。このような交流がこれからも大切であることを想わされます。10月上旬には世界のキリスト教会の聖餐式と世界での宣教を覚える礼拝が行われます。また、この地区の教会・伝道所・関係学校・関係施設が集まって、若者への伝道について学び考える集会を行ないます。この教会にも津軽にあるキリスト教主義学校の中学生や高校生、大学生また先生方が礼拝に来られます。そういった若い人への伝道やキリスト教主義教育について考えることも大切であることを想います。

庭のプランタに植えたミニトマトが実りましたが、これは、そもそもは市販のミニトマトをプランタの土の中に入れておいたら芽が出て来て実ったものです。今年の津軽のリンゴは暑さのため日焼けしてしまったものもありましたが、「トキ(王林+ふじ:五所川原生まれのリンゴ)」等のおいしいリンゴの出荷は行なわれています。冬に入るまで様々な品種が登場するので楽しみです。今日、本州に台風17号が上陸して北へと進んでいます。台風によって被害に遭われた方々に、特に農家の方々に主の慰めと癒しがありますように。

 

 

2012年10月31日(火)

 

 今月23日にキリスト教神学のページ(T)」に「本多庸一について」を載せました。今年は本多庸一召天100周年ということで藤崎教会を含む津軽の諸教会とゆかりのある人物なので記念して記したものです。今年、その100周年記念行事が青山学院や日本基督教団弘前教会等で行なわれ、私も今月7日に行われた本多庸一についての講演会に出席しました。講師の方がアメリカでジョン・イングの子孫に出会ったこと等興味深いお話をして下さいました。また「本多庸一について」の参考文献に載せられています『本多庸一』(青山学院編 1968年)の改訂版が11月14日に教文館から出版されるということでそちらの方も楽しみです。

 ところで、日本聖書協会から出版されている新共同訳聖書の元のテキストとされている「ギリシア語新約聖書」“Novum Testamentum Graece”の第28版が今年出版されました。これはドイツ聖書協会から出版されたもので、新約聖書が記された言語であるコイネー・ギリシア語の新約聖書です。前回の出版は1993年の第27版でしたが、それが19年振りに改訂されました。特にギリシア語本文の下に記されている「異文資料欄」(ギリシア語聖書本文に異なる読み方があることとその異文本文が載せられている資料が記号で記されている欄)が改訂されています。これからの新約聖書本文研究にとって重要な一冊となるでしょう。

 以前、7月30日の雑記内容で『不思議なキリスト教』(講談社現代新書)について触れましたが、先日、『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』(ふツー連〈ふしぎなキリスト教問題を考えるツイッター市民連合〉編、慧文社)が出版されました。キリスト教聖書についての基本的知識は大切であることを思わされます。

今月29日、東京電力女性社員殺害事件で無期懲役を言い渡されていたネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんの再審第1回公判が東京高等裁判所で行われ、検察側はゴビンダさんの「無罪」を主張し、結審、判決は11月7日に行われるということです。

 藤崎教会では今月7日に「世界聖餐日・世界宣教の日礼拝」を行ないました。この日は日本基督教団の教会行事として定められた日で世界の諸教会で「聖餐式」が行われ、また世界中で宣教が行われていることを覚える日でした。27日には信徒の方のお宅を一時でありますが、感謝をもってお借りして「家庭集会」を行ないました。教会の会堂とは違う雰囲気の中で讃美歌を歌い、聖書を読み、聖書に学び、歓談の時を過ごし神の恵みに満たされたことを思わされました。30日には近くの小学校の生徒たちが先生に引率されて「町探検」という授業で教会と幼稚園の見学に訪れました。子供たちは好奇心一杯の目で会堂や幼稚園を見学し、パイプオルガンの演奏も聞いて収穫を得たようです。そして今日31日は「宗教改革記念日」とされています。1517年10月31日にドイツのマルティン・ルターが宗教改革を始め、「プロテスタント」という教派が後に生まれました。そのことを覚える日です。また11月4日の日曜日には子供と大人の合同礼拝が教会であり、子供たちへの幼児祝福式が行われます。同日、午後には近隣諸教会が合同で造った墓地に向かい墓前礼拝を行なう予定です。

 私は今月23日には同じ地区のキリスト教主義学校で朝の礼拝説教を担当させていただきました。11月上旬にも別のキリスト教主義学校で朝の礼拝説教を担当し、同日、日本基督教団奥羽教区北西地区(青森県津軽地域)に新しく来られた先生(牧師)の歓迎会に出席します。教区の牧師研修会に出席して、東北学院大学で教えておられる先生から「礼拝」についてのお話しをお聞きする予定もあります。

 藤崎町にはあちこちに農家があり、特に秋は「リンゴ」「ブドウ」「お米」の収穫で多忙を極めます。これらによって町が発展したとも言われています。しかし、収穫のために礼拝に出席できない方もいます。農家の方々の疲れが癒され、収穫が最後まで無事行われるように、そのことも覚えて礼拝生活を行なっています。

 

 

2012年11月30日(金)

 

 今月11月上旬に「教区教師継続教育講座」(奥羽教区の牧師のための教育講座)に出席し、「スコットランド教会の礼拝」について東北学院大学の先生よりお話をしていただき、理解を深めることができました。スコットランド教会には宗教改革者カルヴァンの影響で建てられた長老派系の教会が多いわけですが、特にその礼拝論は「神の言葉」に重点を置いた「キリスト中心的・三位一体論的・聖霊論的」で、「契約神学」の影響が強いとされています。その礼拝説教を録音したものを少し聞かせていただきましたが、情熱を込めて語られていたのが印象的でした。お話の中でいくつか興味深い話もなされ、たとえば「保守的な教会ではクリスマスがなく、毎日曜日がクリスマスとして祝われる」「18世紀までスコットランドの教会では聖餐式に与るには洗礼を受け、さらに信仰問答や教理問答による審査に合格しなければならなかった」等々。「長老派」というプロテスタントの教派は東北学院大学と深いつながりのある教派でもあります。

 「ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさん」への無罪判決が11月7日なされました。多くの方々の努力の賜物です。これからは司法改革に取り組む姿勢を示すよう、強く裁判所に要請することが必要と思われます。また10月31日に「君が代訴訟」について東京高裁が控訴人64名のうち21名の減給・停職処分を取り消す判決を行なったのも特筆すべきことでしょう。

 今月、原発体制を問うキリスト者ネットワーク」をリンクページにリンクさせていただきました。日本の有力な政党の中には原発を再稼働させようとする党派や脱原発を唱えながらも原発に依存しがちである党派もある昨今です。未だに福島第一原発は収束していません。そのために苦しんでいる方々も数多くおられます。恐ろしい原発及び核燃システム再稼働に反対し、全ての原発を廃炉にしなければならないことは言うまでもありません。

 11月24日に「キリスト教神学のページ(T)」に載せた「本多庸一について」の文章に一部加筆訂正したものを載せました。その際に11月14付で教文館から出版された『本多庸一 信仰と生涯』(氣賀健生著、青山学院『本多庸一』編集委員会編 教文館 2012年)を用いましたが、これは1968年に出版された『本多庸一』(青山学院編 1968年)の改訂版です。

 藤崎教会では11月下旬には「収穫感謝日」礼拝も行われ、礼拝で献げられた野菜・果物・お米は「日本基督教団山谷兄弟の家伝道所 まりや食堂」にお送りしました(「収穫感謝日」については雑記帳の「2007年11月29日(木)」の項目を参照)12月2日の日曜日から日本基督教団の教会暦では「アドベント(待降節・降臨節)」に入ります。この言葉はそもそも「到来する」という意味の言葉に起源があり、「キリストの再臨」を意味するものでした。この「アドベント」は「クリスマス」を待ち望む期間で、「アドベントクランツ」や「アドベントリース」を作って飾る作業も行われます。ちなみに「クリスマス」はイエス・キリストの誕生日ではなく、イエス・キリストの誕生を祝い喜ぶ日です。藤崎教会では、教会はもちろん教会学校も隣接する幼稚園も「クリスマス」の準備を行なっています(「アドベント」については雑記帳の「2009年11月29日(日)」の項目、「クリスマス」の起源については雑記帳の「2004年12月18日(土)」の項目をそれぞれ参照)。

牧師館の前にプランタを置き「ほうれん草」を種から育てています。先日、種から芽が出ました。小さな芽ですが、ほうれん草の中には「寒じめ栽培」と言って、わざと霜に触れさせて甘みを強く出させる、そのような品種のほうれん草があります。冬の寒さに耐えられる特別のほうれん草です。

 農家ではリンゴの収穫も無事終わりました。今年はまあまあの出来だそうです。日本の政治が「混迷」の中にあり、「中東情勢」が緊迫化していますが、平和と平安を願ってやみません。

 

 

2012年12月31日(月)

 

青森県では、平年1、2月頃に大雪の期間が多くなりますが、今年12月28日に県内で約3メートルの積雪が記録され、12月にしては平年よりも多めの積雪となりました。今年の1月、2月は7年ぶりの大雪で、一日に3回ほど雪かきをしましたが、その時のことを思い出しました。

ところで、聖書の中には自然現象としての「地震」についての記述があり、聖書に登場する人物が地震に遭遇していたことがわかります(列王記上19章、マタイによる福音書27章等)。その地震に「神の啓示(神が自らを示すこと)」を見た人もいれば、単なる自然現象として解釈した人もいます。これらの聖書箇所に興味深いのは、その地震そのものが神ではないとしている場合ことです。これは自然の中のどこにでも神様がいるという「アニミズム(原始宗教)」と呼ばれるものと違います。キリスト教信仰では、自然はあくまでも神の創造物で、神の力や恵み等を反映しているにすぎないものです。しかしながら、人間にとって宗教が大切であることは、やはり昨年3・11以後、一層認められなければならないことになってきています。

12月5日から7日まで福島県で「原子力に関する宗教者国際会議」が行われました。教義や信条に違いがあっても、宗教者としての務めとして大切なことでしょう。先日、敦賀原子力発電所や東通原子力発電所の下に活断層があるとの見解が示されましたが、危険な原発及び六ヶ所村再処理工場再稼働容認は何故のものでしょう。経済的な意味での潤いは誰かを犠牲にしてのものであることがあります。神の創造に基礎を置く自然エネルギーの開発が期待されます。そして、そもそも災害を起こすのは自然と人間です。原発事故を起こしている国のほとんどは文化的にも最先端のはずの北半球の先進国ばかりであるという事実があります。福島県では原発放射能事故によって子供たちの甲状腺に異常があるとの訴えがあったり、県外避難者への住宅支援の問題があったりします。選挙が行われ、政権も変わりました。これから先、日本の国家が右傾化するのではないかという事も懸念すべきことです。 また先日「リンゴ」に含まれる「アップル・ペクチン」によって放射能セシウムが体外に排出されるとの話も聞きました。果物の「リンゴ」は青森県の特産物ですが、このような事のために役立つことがあるとは思いもしませんでした。

藤崎教会では「クリスマス」の諸行事が無事終了しました。教会には多くの方々からクリスマスカードが届きました。久しぶりに来られた方々もおられ、「クリスマスイヴ礼拝」では「演奏会」も行われ、地域の方々や隣接する幼稚園の子供たちとそのご家族の方々が多く来られ、共にイエス・キリストの誕生を感謝し、喜び祝いました。この時期、世界中にある様々なキリスト教会で「クリスマス礼拝」が行われたわけですが、キリスト教会は、教会の暦の上でクリスマスの12月25日の次の週の日曜日から、つまり、12月30日から「降誕節」に入りました。この「降誕節」の期間を「クリスマス」と言います。「クリスマス」と言うと、私たちは12月25日の「降誕日」を連想しますが、それとはまた異なる意味で「クリスマス」と言うのです。紛らわしいですが、教会の暦でこの「クリスマス(降誕節)」の期間は12月25日から1月6日の「公現日」までの12日間であるとされています。その間の期間の色は教会では「白色」で表され、しばしば牧師用ガウンの「ストール」や講壇の「幕」、「説教・聖書台掛」等の色に用いられてきました。「公現日」は、マタイによる福音書2章に登場する「東方の博士たち(占星術の学者たち)」が生まれたばかりの主イエスを礼拝し、外国人にも主イエスが現れたことを意味する日です。

1月には同じ津軽の地域にあるキリスト教主義学校の卒業記念礼拝が当教会でも行われます。また藤崎教会と同じ奥羽教区に属する教会で、3・11の大震災で被災した教会が幾つかあります。そこには新たに土地を購入し、教会と牧師館の建設を既に始めた教会もあります。土地購入費・建設費等の数千万円は全国の教会、また海外からの募金等によるものです。これらを行なうことは、そう簡単なことではありません。困難に直面した時にお互いに支え合うこともキリスト者の生き方です。この一年に感謝し、苦難の中にある方々を思いつつ、来りつつある新しい一年も神の恵みがある、そのことを確信したいと思います。

 

 

2013年1月30日(水)

 

 2013年も早いもので既に1ヶ月が過ぎ去ろうとしています。昨年の12月に引き続き、この1ヶ月間も今年も大雪のため、私は毎日のように雪かきをして過ごしています。積雪量は県内の最も多い所で4メートル近くにもなりました。

 このウェブサイトも立ち上げてから早いもので10年目になろうとしています。内容的にはたいしたことのないものばかりですが、キリスト教を客観的に研究したり、神学的考察を行なったりすることは重要です。先日は「キリスト教神学のページ」の「キリスト教史年表(Y)〈21世紀〜〉」中の「12年」を更新しました。2012年はイスラエルの遺跡の発掘、ローマ教皇の態度等が興味深い一年でもありました。一方で戦争及び戦争に結び付くような出来事、福島原発放射能事故に関連する出来事も目立った一年でもありました。今なお日本で製造された原発が世界に輸出されているということは悲しい出来事です。ちなみに今回、私は「福島原発事故の告訴団」にも加わりました。

 日本の政治主導権が再び自民党の手に戻り、経済復興に期待が集まる中で、学校での教師による体罰が原因で生徒が自殺したという事が問題になって学校教師のあり方が問われていたり、北アフリカのアルジェリアで海外に進出した日本企業に働く日本人社員たちが外国人社員たちと共にイスラム過激派のテロ組織に襲われ殺されてしまうという事件が発生したりという、新年早々、穏やかならぬこともあります。

 ところで、話は変わりますが、アメリカの神学者ウォルター・ラウシェンブッシュによる『キリスト教と社会の危機』の日本語訳が出版されました。ラウシェンブッシュは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した神学者ですが、この本はいわゆる「社会的福音運動」の古典的名著とされています(社会的福音」については「キリスト教史年表(W)〈20世紀〜1940年代〉」中の「1903年を参照)。厚めの本ですが、「キリスト教と社会」、「アメリカのキリスト教」等を研究している方は目を通しておくべき一冊ではないでしょうか。

 今年1月に藤崎教会では3月に同じ地区のキリスト教主義学校を卒業する生徒の方々を祝福する礼拝を行ないました。また教会学校ではこの度の「大雪」を利用して「雪遊び」を計画しています。2月には同じ地区で「尖閣、竹島問題と東アジアの平和」を主題とした「2・11市民集会」も予定されています。教会の暦の上で2月13日は「灰の水曜日」です。なぜ「灰」なのかと言いますと、それは主イエスの苦しみと復活を覚える「受難節」の始めに人が最終的には「塵」になることを覚えて「悔い改め」を表す日であるからです(「受難節」については「2010年2月28日(日)」を参照)。

 今回の大雪は、人々に対して様々な苦しみを与え、リンゴの枝を折る等の被害も出ています。神の慰めと癒しを祈りつつ、春を待ち望みたいと思います。

 

 

2013年2月27日(水)

 

イスラム教のモスクとして使われたキリスト教会として有名なのが、現在のトルコ・イスタンブールにある「アヤソフィア(聖ソフィア大聖堂)」ではないでしょうか。キリスト教会として4、5世紀に建設が始まり、東ローマ帝国時代、オスマントルコ帝国時代に建設と修理、増改築が進められ、東方正教会の総本山となったり、イスラム教のモスクとなったりしました。現在は建物を含め、両方の宗教美術を展示する博物館となっています。

ところで「福音派」という言葉は、英語で“Evangelicalエヴァンジェリカル)”と言いますが、基本的には16世紀のドイツやスイスの宗教改革に基づくプロテスタントの立場です。これはいわゆる「福音主義」という言葉とは意味が異なる場合があります。さらにキリスト教会全般の意味での「福音派」、例えばアメリカのプロテスタント教会の大勢を占めているメソジスト、バプテスト等の教派の意味での「福音派」と日本基督教団内の「福音派」と「社会派」とを区分けする場合の「福音派」(これは「伝道派」「教会派」とも呼ばれる)とでは意味が異なります。キリスト教会全般の意味での「福音派」は日本基督教団内の「福音派」と聖書解釈も信仰告白も規則も社会への関わり方も異なりますが、日本基督教団内の「福音派」と「社会派」とでは、それらが細部に関して解釈が異なったり、それ自体を拒否する教会があったり、キリスト者がおられたりしますが、基本的には同じです。

東日本大震災からおよそ2年が経とうとしています。地震とそれに基づく津波や原発放射能事故等で被害に遭われた方々、苦しみの中にある方々に神の慰めと癒しがあるよう祈ります。しかし、「福島第1原発放射能事故」は未だに収束していません。また原爆や水爆の被害に遭った場合を「被爆」と言い、化学兵器や原子力発電所の放射能に晒される等の場合を「被曝」と言います。その中でも「内部被曝」は食べ物を体内に取り込んだり、呼吸したりすることによって放射線を浴びる被曝で、「外部被曝」は人体外部から放射線に晒される被曝のことです。問題は、特に「低線量被曝」に関して、どの程度までなら絶対大丈夫、どの程度で絶対危険と言えるのかということではないでしょうか。専門家の間で意見の一致が全くないわけではないのでしょうが、科学という観点からは、過去のデータに基づいて決めること(例:「この程度の被曝なら健康を害することはない」と判断する等)になると同時に、万が一危険に晒されること(例:ガンや白血病を始めとする様々な病気に結び付く危険性等)に備えて対処される場合が多いようです。放射能を含む「震災がれき処理」も問題で、がれきを処理している地域で通常より放射線量が高くなり、様々な症状が現れています。

北朝鮮が2月に3回目の核実験を強行しました。非常に残念でなりませんが、さらに残念なのは、その時に在日朝鮮人及び日本にある朝鮮人学校に対して差別が行われたことです。この差別は「恐怖心」と「憎悪」によるものですが、アメリカがマーシャル諸島地域で核実験を行なった時には差別がなかったのに、なぜでしょうか。外国人差別の中に、さらに差別があるということです。福音書の主イエスは外国人差別を克服しようとした人でもありました。

昨年11月にネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさんに対して無罪が言い渡されました。今までリンクを貼らせてもらっていましたが、「無実のゴビンダさんを支える会」が3月で解散するということです。同会は「東京弁護士会人権賞」を受賞しました。長い間、お疲れ様でした。これから冤罪事件のような事件が無くなることを祈り求めます。

先月、書きましたが、教会では「復活日(イースター)」に向けての「受難節(レント)」を過ごしています。3月は隣接する幼稚園卒園児の子供たちを祝福する礼拝を行ない、また「東日本大震災」から2年目を覚えての特別の礼拝が同じ地区のキリスト教主義大学で行われます。

青森県の酸ヶ湯という所では2月に560センチ(観測史上最高の積雪)を記録しました。私も時には朝と晩と2回ほどにわけて「雪かき」をしています。軒下の「つらら」が2メートル以上にもなったり、雪が多すぎて雪捨て場がなかったり、マイナス5度前後の気温では特別の手袋をしないと手が凍えたりといろいろと大変ですが、寒さが地球温暖化によって無くなってしまうと「りんご」も美味しく実らなくなって農家の方々が困るわけです。「りんご」には「蜜りんご」のような「りんご」の中心部に蜜が集まったような「りんご」もあります。まだの方は一度、名産地である藤崎そして津軽の「りんご」をご賞味下さい。主イエスの苦しみを想いつつ、少しずつ春の訪れを感じています。

 

 

2013年3月31日(日)

 

 先日リスト教神学のページ(T)レポート「『信仰と現実』(ヴォルフハルト・パネンベルク)を読んで」を載せました。パネンベルクは20世紀後半ドイツのプロテスタント神学者を代表する一人です。今までにも何回かパネンベルクの論文を読む機会がありましたが、この度、また読んでみました。意外と難しい内容の論文であったことを思わされました。

今年の1月からNHKで放映されている大河ドラマ「八重の桜」関連の本が書店店頭に最近、多く並べられています。新島襄の妻でもあった八重ですが、キリスト者という観点から見た八重像はどのようなものなのでしょうか。キリスト教大型書店「教文館」の今年1月のキリスト教書売上ランキングで『新島八重ものがたり』が2位を記録しています。この本の著者山下智子氏は私が同志社大学神学部で学んでいた時に1年先輩であった方です。現在、新島学園短期大学の準教授をなさっておられ、以前は教会の牧師もなさっておられました。銃を手に取って戦ったイメージの強い八重ですが、この本によりその他の面を垣間見ることができます。一読をお勧めします。

 “PM2.5”という嬉しくないものも良くない意味でよく耳にします。あまりにも小さい物質なので花粉症予防の普通のマスクでは防ぐことが出来ません。このような大気汚染物質を生み出さないように努力するのが神から与えられた人間の知恵ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

 今年3月にカトリック教会のローマ教皇(「法王」は昔の呼び方)べネディクト16世の退位に伴い、第266代ローマ教皇としてフランシスコが就任することとなりました。中南米のアルゼンチン出身の教皇です。貧困問題や環境破壊、宗教間対話等が期待されているようです。

 3月10日には同じ地区にあるキリスト教主義大学で「東日本大震災二年」を覚えての礼拝が行われ、多くの方々が集い共に礼拝を守りました。礼拝説教を担当されたのは仙台にある福音派教会の牧師でした。今、仙台を中心として「東北ヘルプ」というキリスト教の教派を超えたネットワーク作りがなされ、3・11の大震災被災者支援活動が行われています。また東北大学ではキリスト教を含む宗教者たちが自分の信じる宗教の教えを超えて被災した人々の心のケアを行なっています。そこから「臨床宗教士」なる資格取得の講座も作られるに至っています。

 3月11日には日本基督教団黒石教会にて行われた「東日本大震災二年を覚えての音楽礼拝」に出席し、会堂を暗くしてロウソクを灯してのギター演奏と歌による礼拝が守られました。あれからもう既に二年経ったと同時に、まだ二年であることを思わされました。また3月に私はキリスト教主義中学校での朝礼拝説教を担当させていただき、中学生に如何に御言葉を語るかを学ばせられました。3月24日(日)には「受難週」が始まりました。主イエスの十字架の苦しみを覚える週で、それは31日(日)の「イースター礼拝(復活日礼拝)」で主イエスの復活を共に喜び祝うことへ向けて守られるものです。31日の「イースター」には教会学校に幼稚園の先生方も何人か来られ、イースター礼拝を行なった後に、子供たちと「卵探しゲーム」を楽しく行ないました(「イースターと卵」に関しては「2012年4月30日(月)」を参照)、教会の31日の主日礼拝では藤崎教会の歴代牧師がご家族と共に来られ、何人かの方々が懐かしい思いで、五十年ぶりに久しぶりに会うという出来事もあり、素晴らしいイースターとなりました。

 雪の降る日は少なくなり、暖かな日が増えています津軽地域では今年は冬の豪雪の影響で「りんご」の枝に被害が出ています。また雪が未だに全て解けていないので、農作業に影響が出ています。神の癒しと力が与えられることを祈り願い求めます。

 

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