雑記帳(])                       

 

川上純平         2015・6・24〜

 

 

2015年6月24日(水)

 

先日、「東日本同信伝道会」の研修会がありました。「同信伝道会」とは同志社大学神学部卒業生や同志社神学部で学んだ方々、他の神学校を学んだ方で同信伝道会を通して教会で牧師をしている方々、組合教会の信徒の方々の会ですが、その東日本支部の研修会が行われました。今回は戒能信生牧師(日本基督教団代々木教会)をお招きして「日本組合基督教会の特質 ‐新島襄と海老名弾正のキリスト教受容に遡って‐」と題して講演をしていただきました。講演で新島襄はキリスト教について全面的な受容を行なったとの戒能氏による仮説が唱えられ、それに対して海老名弾正は選択的部分的受容を行い、植村正久との論争、朝鮮伝道や日本的キリスト教の源流であることで批判されたが、戦後、神学者熊野義孝に評価されるに至ったこと等が語られました。この講演は後に付加訂正され論文として発表されるとのことで、楽しみです。またこの研修会では東日本大震災による被災やそれに伴う放射能による健康被害の問題等を含む、それぞれの教会が置かれた場での課題や自らの取組みについての報告等がなされ、また既に第2部まで出版されている『会衆主義教会パンフレット』の「第3部」の出版予告もなされました。今後の活躍が期待されることを思わせる会でした。私もまた新たに元気をいただいたような気がします。

5月28日には東京高裁で2007年の「君が代」不起立停職処分の取り消し控訴審で争っていた根津公子氏と河原井純子氏勝訴の判決がなされました。また一般の方々だけでなく、私も含めて様々な教派・宗派の宗教者の方々が沖縄辺野古米軍基地建設への反対運動、安全保障関連法案が廃案になるようにとの取組みを勧めています。私が今、住んでいる牧師館の園庭では人参が花を咲かせました。今年もプランタで野菜を育てています。

 

 

2015年9月2日(水)

 

先日、8月下旬に日本基督教団で青森県津軽地域の教会・伝道所・関係学校・関係施設の教師たち(牧師たち)が集う研修会が開かれ、講師として沖縄辺野古で米軍基地建設反対運動に取り組んでおられる金井創牧師(日本基督教団佐敷教会)をお招きして、特に辺野古の現状をお聞きしました。それは今までアメリカからも日本の“内地(ないち)”からも差別されてきた沖縄で楽しく住民運動を行って生きることについてのお話でした。きれいな沖縄の海を汚し、類まれなサンゴを破壊し、絶滅危惧種のジュゴンを棲めなくし、そして、沖縄の人々が住みにくくなるにもかかわらず、新たに危険な米軍基地がそこに建設されようとしています。ゴムボートを使用して、そのことに抗う運動を行っておられる牧師が、その報告をして下さいました。あまりにも酷い米軍と海上保安庁による圧力と暴力にも負けることのない「主イエス・キリストの福音の喜び」に生きる方の姿がそこにあります。教会とは何かを考えさせられました。私もいつかまた沖縄を訪れようと思っています。

また、その後、奥羽教区(日本基督教団に属する青森・秋田・岩手三県の教会・伝道所・関係学校・関係施設)の教師たちのための一泊の研修会が開かれ、講師として礼拝や牧師について、多くの本を執筆し、訳しておられる越川弘英教授(同志社大学キリスト教文化センター)をお招きし、特に「牧師とは何か」についてお話をお聞きしました。その中で、特に牧師の働きである教会教育を含む宣教や伝道は直ぐには結果が出ないこと、牧師と教会が自己点検を行う必要のある事、牧師が自らを主イエス・キリストに委ねる姿勢を養うこと等を学びました。また神学については、まず現場で起こっていることについて、考え理論化し、それを教会に返していくことであるという意見もお聞きすることが出来ました。越川先生は、本等でお名前を知ってはいたのですが、今までお会いしたことがなく、いつか講演をお聞きしたいと思っていただけに良い機会となりました。研修会2日目には、私も発題者の一人として「牧師と礼拝」について稚拙ながら発題をさせていただきました。

また、私は今回参加しませんでしたが、今年の7月末から8月中旬にかけて「ポナペ・ワークキャンプ」(第40次隊)が行われました。台風等のため破損したキリスト教主義学校の建物の屋根を直す目的で行なわれました。これからもポナペの教会や学校の要請があれば、行う予定だそうです。宣教にも様々なものがあることを想わされます。私もまたいつか参加してみたいと思います。

先日、『基督教世界』(同志社神学部卒業の牧師たちあるいは組合教会に連なる牧師たちの月刊冊子〈?〉)のために「信仰告白」についての拙く短い文章を執筆させていただきました。これは今年の秋か冬に発刊される予定だそうです。

藤崎教会は8月に会堂と牧師館の屋根修理工事を無事終えました。日本基督教団に属する教会・伝道所からもそのための献金をいただきました。感謝です。これからも会堂の赤い屋根が藤崎町にあって宣教の働きを担うことを祈ります。牧師館前のプランタのミニトマトも真っ赤に熟しました。猛暑は過ぎ、涼しい日が続いています。教会では来年の創立130周年記念のための準備を進めています。

 

 

2015年9月7日(月)

 

 今、私は夏期休暇中なので、論文「教会とこの世 ‐特にボンヘッファーの神学との関連で見えてきたもの」を改訂して載せました。これは、以前、ボンヘッファーの神学と照らし合わせて書いてみたものですが、今回、小原克博教授(同志社大学神学部)の著書『宗教のポリティクス 日本社会と一神教世界の邂逅』(晃洋書房、2010年初版)を読んだこともあり、何ヵ所か付加訂正を行ないました。これは、なかなか難しい問題であることを想わされました。

また、今回、昨年の「日本基督教団浪花教会」に続いて大阪に向かい、「日本基督教団大阪教会」の会堂(登録有形文化財)を見学させていただきました。この教会は1873年にアメリカン・ボード宣教師のオラメル・ヒンクリー・ギューリックとアメリカン・ボード宣教医のマーキス・ラファイエット・ゴードンが伝道を開始し、1874年に「梅本町公会」として設立された教会です。現在の会堂は同志社大学の「アーモスト館」等を設計した建築士ヴォーリズの設計によって1922年に建築されたものです。外壁はレンガ造り、ロマネスク様式の独特の良い雰囲気の会堂でした。

京都では「新島襄旧邸」を見学しました。NHKの大河ドラマ『八重の桜』等にも新島襄の住居が再現されていましたが、実際に新島襄が住んだ住居を見てきました。この旧邸で同志社英学校(同志社大学の前身)が創立されたと言われています。さらに同志社大学に向かい、烏丸今出川から銀閣寺(東山慈照寺)まで歩いてみました。その途中、学生時代に出町柳の近くに下宿し、そこから同志社大学とキリスト教会(日本基督教団京都葵教会)に通っていたのですが、その下宿していた建物を通り過ぎて、さらに「哲学の道」を一部分通り、銀閣寺に辿り着き、庭園等を見てきました。京都は様々な観光スポットがあると同時に、仏教・神道が根強いところです。そのような所にわざわざキリスト教主義学校を建てた新島襄の心境を思います。

また鹿児島県の川内原発が再稼働されてしまいましたが、梅小路公園芝生広場で行なわれた「高浜・川内・伊方原発の再稼働を許さない!さよなら原発全国集会in京都」にも参加してきました。小雨の降る一日でしたが、脱原発を目指す熱気溢れる集会でした。

『福音と世界(2015年8月号)』(新教出版社)収載の中道基夫教授(関西学院大学神学部)による「戦後日本の実践神学の展開」を読んで「実践神学」に関する課題について改めて考えさせられました。それは「実践神学」は実践のための「学問」であるということです。「理論と実践」の関係の難しさがあるにもかかわらずです。しかし、「実践神学」が実践のための「学問」であるとはどういうことでしょうか。「実践神学」の「実践」という言葉が頭の中で理解されるだけのものという意味で使われることがあります。理論を持って行う「学問」であるゆえに、実際には出来ない、またあり得ないということもあるでしょうし、キリスト者の信仰生活は聖書の神に対する信仰の行為でもあるゆえに、現場で行われていることや現象が有限な存在である人間によって何もかも理論化された学問として整備されるとは限らないということがあります。しかし、なぜ「実践神学」は、実際には出来ない、あり得ないことを含まざるを得ないのでしょうか。これはキリスト教信仰が理解できないと理解出来ないかもしれません。それは「実践神学」が有限な存在である人間の行う「学問」であるゆえに持つ不可抗力ということです。あるいは、それゆえに、必ずしもその理論がその実践の場に合うとは限らないということがあります。その実践の場についての様々な意味での理解も必要でしょう。「実践神学」を行なうということは何らかの理論を持って行うということでもあります。「実践神学」という学問として取扱われるべき内容であるはずのものが、実際に行っていること、現場での実践や現象だけで終わるという、理論化されない、学問として成り立たないものになっても困ります。しかし、だからと言って、「実践神学」はその言葉通り、キリスト教会やキリスト教主義学校等の現場で用いるために存在する神学であることは何も変わらないのです。

夏から秋にかけて台風の季節です。大雨突風等の自然災害に遭われた方々に主なる神の慰めと癒しがありますように。

 

 

2015年11月11日(水)

 

 先日、「リンクのページ」に「キリスト新聞社」のウェブサイトをリンクさせていただきました。奥羽教区の研修会に来られた講師の方々がこの出版社の雑誌に関わっていたり、キリスト教についての様々な情報を新聞という形で読者に提供したり、様々な試みを行っている出版社ですが、超教派的な視点で、平和、宗教間対話、相互理解等を課題としている特色のあるキリスト教関係の出版社です。

私は、先月の10月に盛岡市の奥羽キリスト教センターで行われた「奥羽教区社会問題セミナー」に出席しました。今回、「脱原発講演会」も含めて行われ、宮城県の女川原発建設問題に関わり、また福島第一原発放射能事故によって「甲状腺腫瘍」を患っている子供たちへの取組みを行っている日本基督教団東北教区放射能問題支援対策室いずみ顧問の篠原弘典氏の講演をお聞きしました。そもそも、篠原氏のお父様は神社の神主だったのだそうですが、宮城県で漁業に携わっている方々と共に女川原発建設前からその反対運動に関わり始め、あの「3・11大震災」以後、福島第一原発放射能事故について行政が放射能汚染と被曝に対する取組みを非常に怠っていると嘆いておられました。また、このセミナーの参加者の中には自分の子供の健康を案じている方もおられ、篠原氏によると、日本海の魚も放射能の計測をしてデータを取らないことには安全かどうか何とも言えないのだそうです。

奥羽教区は六ケ所村核燃再処理工場建設が始まる以前からその建設反対運動を行い、取組んできたわけですが、青森県には東通原発とこの六ケ所村核燃再処理工場があって、これは時々、報道されていますが、小規模とはいえ、事故やトラブルが発生し、問題だらけの代物です。この講演会でも知らされたことですが、この核燃再処理工場からは危険なトリチウムが放出されていますが、本格稼働になると、1リットルあたりのトリチウムの量が福島原発の約11万倍を海に流すことになります。これらについて日本原燃株式会社は健康に支障がないとするのみです。しかし、日本原燃も(キリスト教の)神様ではありませんので、完全ではありません。再処理工場で大事故が起こって放射能が漏れれば、関東地域にまで「急性障害」が発生するとの「シュミレーション」も既になされています。

七十年前、日本も核の悲惨さと恐ろしさを知りました。私たちはこれを決して忘れてしまったわけではありません。今年の4月に広島・長崎の原爆によって被曝した人たちがアメリカのニューヨークで現地の人々に原爆の悲惨さと恐ろしさを訴えたということがありました。ちょうど、その頃、「核不拡散条約再検討会議」がニューヨークで行われていました。国際社会でも核と放射能の危険性を理解することが、これからも必要です。

福島第一原発放射能事故は戦後、発生したアメリカのスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故に続いての大規模な原発放射能事故です。福島第一原発については2011年3月の事故前から経年劣化が既に問題となってもいました。事故は大震災と津波も原因ですが、原発を運転し続けたことも原因の一つでした。今、日本各地で原発再稼働が少しずつなされていますが、危険極まりない問題点が未だに無視され続けています。これからも環境破壊がなされる可能性があり、キリスト教信仰という視点から聖書に記された神による創造が蔑ろにされていることを懸念し、またイエスを救い主として信仰告白を行う者であるゆえに、原発・核燃再処理工場再稼働反対、再稼働中止を求めていきたいと思います。ちなみに原発・核燃再処理工場再稼働反対、再稼働中止を求めていくことについては2015年度日本基督教団奥羽教区宣教計画の中で重点目標等でも述べられていることです。

 また、このセミナーで、私は「教区性差別問題小委員会」の一員としてスタンツに参加し、出席者の方々へ「セクシャル・ハラスメント」、「パワー・ハラスメント」、「モラル・ハラスメント」について考え理解する良いきっかけになることを望みました。

 昨日、11月10日は盛岡市の奥羽キリスト教センターで行われた「教区教師継続教育講座」に参加しました。吉田 新先生(東北学院大学文学部講師)による講演をお聞きしました。特に聖書翻訳の歴史と新協会訳聖書について、聖書の訳は理論や翻訳の基本方針によって異なるものとなる事や2018年以降に日本聖書協会訳の新しい聖書が出版されること、また新約聖書ペトロの手紙Tについて、この手紙が受難(十字架の苦しみを受けること)のキリストを模範とし、苦しみの中にあってもキリスト者としての振舞いを勧めることを目的として回状の形で書かれたこと等のお話をお聞きしました。これからも礼拝説教のために、また信仰生活の糧(信仰生活の支え:聖書はキリスト者が生きていく上で必要な神の言葉であるということ)としての聖書を読むことが大切であることを想わされました。

 またその前日9日には同じ地区にある日本基督教団木造教会によって、藤崎教会会堂で、主に藤崎幼稚園保護者らを対象として進藤龍也牧師(「罪人の友」主イエス・キリスト教会)の子育て講座が行われました。進藤牧師はヤクザが悔い改め、回心して、つまり、聖書の福音に出会って救われて、牧師となった方です。これは聖書の語る言葉がその人に宗教体験を起こさせ、その人の社会での生き方に影響を与えたという事です。進藤牧師の今後の活躍が期待されています。

 「クリスマス」へ向けての「アドベント」が近づいてきました(「アドベント」については雑記帳の「2009年11月29日(日)」の項目、「クリスマス」の起源については雑記帳の「2004年12月18日(土)」の項目をそれぞれ参照)。11月22日には「収穫感謝日礼拝」を行います。「ふじりんご」発祥の地、藤崎を含めて、津軽は「ふじりんご」の収穫真っ盛りです。りんご畑では真っ赤な見事な実が実っています。収穫の最後まで主なる神が農家の方々をお守り下さいますように。

 

 

2016年1月5日(火)

 

本日、「キリスト教史年表(Y)」のページを更新し、「2015年」分を追加しました。昨年はフランス・パリでのテロ襲撃と、それに対する報復としての爆撃、難民問題や安保関連法案可決等、平和が蔑ろにされる出来事が続き、同時に「戦後70年」について考え、取組む一年でもありました。そして、これはキリスト教やイスラム教等、一神教の驕り高ぶりではなく、「国家とは何か」ということもありますが、人間本来が持つ罪深さ、異なる者同士が共存するということの可能性と問題点、暴力の問題であることを想わされました。

そして、今年2016年は、お祝いすべき記念すべき年であると同時に、人間の罪深さを忘れてはいけない出来事の記念の年でもあります。オランダの人文主義者エラスムスがギリシア語新約聖書を印刷出版して500年、ガリレオ・ガイレイに対する裁判が行われて400年、オランダ改革派教会によってアメリカにラトガース大学が創立されて350年、哲学者ライプニッツが没して300年、アメリカの長老派教会によってユニオン神学校が創立されて180年、ドイツの神学者ヨーハン・ヴィルヘルム・ヘルマンが生まれ、イギリスの宣教師ベッテルハイムが那覇に上陸し、琉球伝道を開始して(日本での最初のプロテスタント伝道とも言われる)、メンデルスゾーンがオラトリオ『エリヤ』、カンタータ『ラウダ・シオン』を作曲して170年、エルランゲン学派が現われ、オーストリアの精神分析学の創始者ジグムント・フロイトが生まれて160年、ロシアの作家ドストエフスキーが『罪と罰』を執筆して150年、ニーチェが『人間的な、余りに人間的な』を発表し、熊本洋学校で学んだ卒業生たちが「奉教趣意書」に署名し、アメリカの農学者ウィリアム・スミス・クラークが来日し、日本基督教団兵庫公会(後の日本基督教団兵庫教会)、京都第一公会及び京都第三公会(西京第一公会及び西京第三公会:後の日本基督教団平安教会)、京都第二公会(西京第二公会:後の日本基督教団同志社教会)が創立されて140年、神学者カール・バルト及びパウル・ティリッヒが生まれ、日本組合基督教会が成立して、宮城英学校(東華学校)が開校、仙台神学校(東北学院の前身)、宮城女学校(宮城学院の前身)、来徳女学校(弘前学院の前身)、広島女子塾(広島女学院の前身)、松山女学校(松山東雲学園の前身)、山陽英和女学校(後の山陽学園)が創立され、「東京婦人矯風会」(後の「日本キリスト教婦人矯風会)が設立され、番町教会(後の日本基督教団番町教会)、新潟第一基督教会(後の日本基督教団新潟教会)、前橋基督教会(後の日本基督教団前橋教会)、元浦河公会(後の日本基督教団元浦河教会)、本郷教会(後の日本基督教団弓町本郷教会)、藤崎教会(後の日本基督教団藤崎教会)が創立されて130年、ドイツでヨーゼフ・フリードリッヒ・ナウマン指導の民族主義的社会運動が起こり、セブンスデー・アドベンチストが渡来、日本的キリスト教が起こり、日本基督教会が台湾伝道を開始して120年、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』が出版され、西南学院が創立されて100年、神学者ルドルフ・ブルトマンが『イエス』を出版し、神学者ユルゲン・モルトマンが生まれ、九州女学院が創立されて90年、日本で「2・26事件」が起こって80年、神学者エミール・ブルンナーが『教義学』(〜1960年)第1巻を出版し、フィリピンが独立し、救世軍が再建され、北森嘉蔵が『神の痛みの神学』を執筆し、日本でキリスト教ブームが起こり(〜1951年頃まで)、日本聖書神学校が創立され、東京聖書学校の前身であるホーリネス聖書学校が創立され、桜美林学園が創立され、「部落解放全国委員会」が結成され、「日本国憲法」が発布されて70年、ドイツの新約聖書学者ギュンター・ボルンカムが『ナザレのイエス』を出版し、ハンガリーで反ソ連暴動(ハンガリー動乱)が起こり、アメリカが最初の水爆投下実験を行ない、「日本基督教協議会」が原水爆実験中止を要望する決議を発表し、関西労働者伝道委員会が発足し、水俣病が発生し、日本が「国際連合」に加入して60年、エミール・ブルンナーが没し、神学者ハーヴィー・ギャラガー・コックスが『世俗都市』を執筆し、ビートルズのメンバーであるジョン・レノンが「キリスト発言」を行い50年、ルドルフ・ブルトマンが没し、神学者ジョン・ボズウェル・カブ(コッブ)・ジュニアとディビッド・R・グリフィンが『プロセス神学』を出版して40年、ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で放射能事故が起こり、ミクロネシア連邦が独立し、日本で「キリスト教婦人矯風会」が「女性の家HELP」を開設して30年、日本で「らい予防法廃止法」が成立、施行され、遠藤周作が没し、日本基督教団北海教区が「アイヌ民族情報センター」を設置して20年、「イラク戦争」が終結して10年となります。

ちなみに私は昨年、『基督教世界(2015年10、11、12号:第3749号)』に「信仰告白」についての拙い文章を書かせていただきました。発行、編集の方々、ありがとうございました。この『基督教世界』は1883年に組合教会の信徒である湯浅治郎により設立された警醒社から刊行された新聞に由来するもので、最初は教派と関係なく、キリスト教関係、社会問題の記事や論説を載せたものであったそうです。今では「組合教会」に連なる牧師たちの機関紙のようなものになっています。

藤崎教会では「クリスマス礼拝」、「クリスマス・イヴ礼拝」等を終えました。特に「クリスマス礼拝」後の「愛餐会」では多くのクリスマス讃美歌を歌うことが出来ました。そして、新しい年を迎え、「降誕節」を歩んでいます。1月17日は津軽のとあるキリスト教主義学校を卒業する生徒たちと共に礼拝を行います。また2月10日は「四旬節・受難節(レント)」を迎える「灰の水曜日」となります。「受難節」はイエス・キリストの十字架を想う、復活の喜びを分かち合うことへの歩みです(「受難節」については「2010年2月28日(日)」をご参照下さい)。翌日2月11日は弘前市で信教と思想の自由を守る集会であります「2・11市民集会」が行われます。また3月には「3・11東日本大震災」から五年を覚えての礼拝を行う予定です。早いもので、あれから5年になりますが、未だに放射能の危険性を始めとして解決していない問題があります。震災とそれによる原発放射能事故による苦しみと悲しみと不安の中にある方々がおられることを覚えます。

ところで、12月は例年に比べて比較的、雪が少なく暖かな日が多かったので、1月から3月にかけて、どれぐらい雪が降るのか(もしかすると多いのかもしれない)を想いながら、過ごしています。昨年は津軽りんごの質が良かったそうです。気温がりんごの美味しさを左右します。

藤崎教会は今年で創立130年を迎え、それを記念しての「年表」の出版を考えています。既に百年史を出版し、その巻末に年表が付いていますが、そこには載せられていない1986年以降から現在までの年表を作成しています。今年もキリストの恵みと平和を祈り求める一年としたいと思います。

 

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